ジャムとトマト

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ジャムとトマト

 ライダーで大学生の友人が、 革ジャンの下に二匹の猫をしのばせて ぼろアパートに帰ってきた。 「大好きな君に、プレゼント」  そう言って、胸元から取り出したのが、 小さな声で鳴き続けるサバトラと白黒の猫だった。 「ど…どうしたの…」 「バイト先の勝手口に捨てられていたから」 「目ヤニに蚤…  とりあえず洗わないとね」  いそいそと私は、枡のような風呂桶に水をはり 玄関先からガスの火を点火し風呂を作った。 風呂が沸くと、子猫たちを洗う。 「明日になったら、子猫用の餌やシャンプーやら、  買い揃えに行かないとな」  うきうきとした気分で考えた。 翌日会社帰りにペットショップで必要なモノを取り揃え帰宅する。  アパートは、生き物を飼うことは禁止されていた。 だが、多くの住人は、何かしらを隠れて飼っていた。 「名前つけたら?」  彼に言われて、 レジ袋の中に入っていたママレードのジャムとトマトを見ながら、 「じゃ、サバトラは、ジャムで白黒は、トマトね」 笑いながら答えた。 同じアパートに住む友人が、 「猫いるんだって?」  どやどやと賑やかに来訪した。 「ちっこいねぇ、いいなぁ」  猫が来てから、毎日のように友人が訪ねて来るようになった。 都会の孤独な暮らしに耐えられなかったのかもしれない。 猫の蚤を友人たちは、気が付かず自分の部屋に持ち帰り、 暫くすると友人たちの部屋で、蚤は、大発生し、 その駆除をお互いに助け合って済ませた。 「あいつ等とんでもない繁殖力だけれど、  一度の蚤取粉で絶滅したから、  ゴキブリよりはましかもしれない」  青白く細身の男子が言った。 「ゴキブリは、どこにでもいるよね。  奴らは絶対に滅びない」  太めの女子が同調する。 「もう…うち、そろそろ、ご飯にするから…」 「今日のメニューは何?」 「豚カツにサラダに、お味噌汁」 「この厚いのを揚げるの?」 「そうそう…」 「凄いねぇ、キャベツも店のものより細いじゃん」 「キャベツをね、いかに細く切り高く盛りつけるのかを楽しむのよ」 「…おお、こんど、切り方のコツ教えてね」 「いいよぉ」 そんな会話をしてから、友人たちは、部屋へ戻って行った。 『これから御飯』 その一言で全てを察してくれる友人たちの存在はありがたい。  子猫たちはその後も順調に成長し、 可哀そうに思ったけれど、去勢もした。 それから、平凡な日常を過ごす私達のもとに、とんでもない情報が飛び込んできた。 「アパートの管理人が、住人不在の時に合鍵を持って部屋に入り、  ペットのいる部屋に  『ペットの飼育は禁止されてます。   処分するか退室してください!』  って張り紙を残してるんだって」 「それ、どの部屋の事?」 「まだ三畳一間のトイレ共同の部屋だけだけれど、   ハムスター飼っていた子と、カブトムシ飼っていた子が、やられた」  「わざわざ住人が不在の時を狙うの?   ひゃぁ~怖いわね」  その後、どうする事も出来ず、数か月の時が経つと、新たな情報が流れて来た。 「結局さぁ、住人不在の時に入室したのが、大問題になってさ、  ほら、ここ国立大学の助教授とかも住んでるじゃん、  大家のところにまで、話が回ってさ、  知ってる?このアパートの大家って、 どこそこ大学の病院の医院長だって」 「えーー、凄いブルジョア」 「問題になる事を嫌って、  厳重注意と管理人から合鍵を取り上げたことで、手を打ったんだって」 「そうなの、  じゃ一安心ね」  アパートの友人達は、本当に安堵した。  数年後、ジャムとトマトを飼っていた友人は、 結婚をした事でアパートから退室した。 二匹の猫は、連れて行って貰えなかった。 『猫はのらでも生きていけるから』 そう思う事にしたという。 今なら問題になりそうなことでも、当時は、問題にはならなかった。 なぜなら、二匹の猫の面倒を見る住人が、 ボロアパートには数軒あったからだ。 時折、用事があってアパートを訪問すると 二匹の猫たちは、どこからともなく私の前に現れて、 可愛らしいく鳴き声を上げた。 ちくわを銜えて六畳一間の部屋の窓から出てくるのを見た事もあった。 そして、親しかった友人宅に雌猫を連れて訪れる事もあったという。 虹の橋を渡るまで、二匹は、若者から絶大な愛を受けていた。 そして、最後は、アパート近くの獣医のもとで空へと旅立った。 2024.5.7(火)
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