鹿皮財布

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鹿皮財布

二段ベッドの二階が、私の寝床だった。 隣の居間では、 大人たちが酒盛りをしていた。 五月蠅くても、小さな子供だったから、 目覚めることなく、ぐっすりと眠っていた。 よく朝目覚めると、枕もとの棚に 赤いリンゴと、小さな鹿皮の財布が置かれていた。 リンゴは、蜜がたっぷりと入った高級品。 そして鹿皮の財布には、 可愛らしいイラストが描いてあった。 使い続けて、細い皮の帯が切れても 私は、なれない裁縫をして補修した。 汚くても手放せずにいた。 とある夕方、 駅の公衆電話から電話をかけようとして 財布を電話台に置き、それから珠算学校へ出かけた。 そして、帰宅時、財布がないのに気が付き電話台を探し、 駅員に確認したが出てこなかった。 半世紀たった今でも、 悔しくて悲しくて寂しい思い出だ。 ただ、今でも、 その林檎の香りと鹿皮の独特の香りを忘れる事はない。 2024.3.12(火)記
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