第一話

1/1
24人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ

第一話

「なにあれ、やべぇだろ(笑)」 道行く男子高校生が私を見て声を抑えるでもなくゲラゲラ笑う。 私は無言のまま足早に通り過ぎる。 私は『杉原美穂』38歳。夫と中学2年生、3年生の娘の4人暮らし。一見すると、どこにでもあるような家庭。 目的地であるビルに入ると、受付のOL2人も私だと気づいたのだろう。何も言わない。私が通り過ぎようとすると、2人で耳打ちするように 「杉原さん、また同じ服。クスクス。」 「服もそうだけど、あのボサボサの髪と化粧無しはヤバいでしょ。クスクス。」 と聞こえてきた。 私はまた無言のままロッカーへ向かい手早く作業着に着替える。 そして、タイムカードを押し、掃除道具を持って仕事をする。そう、私はパートである掃除のおばちゃん。今の私にできる仕事はこれぐらいしか無かった。 予定された勤務時間まで無言で掃除をし、そろそろ帰ろうかと思っていると、 「おばはん、ここ汚れてんよ。ちゃんと掃除してんのか?」 と若い男性会社員がニヤニヤしながら言った。 「す、すみません、すぐに…やります…」 と聞こえるか聞こえないかの小声で答えながら、その部分の汚れをとる。 「おばはんさぁ、何言ってるかわかんねぇし、あんたのその身なりの汚れもどうにかしろよな!!」 笑いながら若い男性会社員は去っていく。 私は何も言えず、ロッカーで着替えを済ませてタイムカードを押し帰宅する。 (遅くなっちゃった。早く夕食の買い物を済ませて帰らないと。お金大丈夫かな?) 私は財布を開いて中身を確認する。5千円札が見えた。 (うん、とりあえずあと5日ぐらいはなんとかなりそう。良かった。) ほっと胸を撫で下ろし、夕食の買い物を済ませてやっと家に帰ると午後6時を過ぎたところだった。 夕食の準備をしていると、 「ただいま〜、お母さん今日の夕飯なに?」 のんびりした声。長女の『唯』が帰ってきた。 「おかえり。今日は肉じゃがときゅうりの酢の物よ。もうすぐできるからね。」 と声をかけると唯は「はぁい。」と返事をしながら2階の自室へ上がっていく。 後はお風呂を掃除して、お湯を張れば準備が終わると思っていたとき、あの不快な声が聞こえて私は身体をこわばらせた。 「おい!!!帰ったぞ、出迎えはどうした!!!」 夫の『陽一』の怒鳴り声だ。 「ご苦労様です。お荷物お預かりします。」 と私が言うと、さも当然だというように 「おう!風呂入るわ!風呂準備一式持ってこい!!」 私は慌てて、 「ごめんなさい、今日は帰ってくるのが遅くて、お風呂の準備が…すぐやります。」 すると、夫の表情がみるみる怒りへ。 「あぁっ!!?俺が帰ったら風呂と飯どっちもいけるようにしとけって言うてるやろが!!このクソ女!!!」 と同時にお腹に拳が飛んでくる。 「うぅっ…」 お腹を押さえてうずくまっていると、今度は蹴りが飛んでくる。 「げほっ…うぅっ…もうし…わけ…ありませ…」 夫は更に顔に足をのせておさえつけながら続ける。 「ほんとに使えねぇクソだな!!!おらっ!教育してやるっ!!!」 そこへ唯が2階から降りてきた。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!