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6.
中学一年の五月くらいから俺と星弥は朝一緒に登校するようになった。家は全然近くなかったが俺がいつも遠回りして星弥を迎えに行っていた。不思議と苦ではなかった。
大企業伊野グループ会長の次男坊である星弥の家はそれはもう大豪邸だった。まず2mほどの鉄格子の門があり、大理石の階段を登ると玄関に着く。どれだけ広いかわからない家は三階建で地下室まであったそうだ。星弥の両親は俺をよく思ってなかったようで、俺は玄関までしか入れてもらえなかった。
仕方ないから俺はいつも門の前で星弥が来るのを待っていた。
「よう!政宗」
星弥はいつも食パン片手に大理石の階段を降りてきた。それはまるでドラマのワンシーンのようだった。
「本当お前って様になってるよな」
「あー?お前まで惚れんなよ俺に」
「惚れねぇよバーカ」
いつもそんな会話で俺たちの朝は始まった。
星弥は勉強は学年トップで所属していたバスケ部では1年の頃からエースと呼ばれていた。対して俺は成績はそこそこで、入部したサッカー部は練習のきつさから半年で辞めた。星弥は女子にモテモテで俺は女子からは相手にされていなかった。本当対照的な二人だった。
だが一緒にいるとなぜかとても氣楽だった
。
「なんでお前バスケ辞めたんだよ?」
俺たちが二年になって少ししてから星弥は部活を突然辞めた。
「もう飽きたからな。俺よりうまい奴いねぇし」
「かー嫌な奴だね。まじ羨ましいわ。お前叶わないことってあんの?」
冗談半分で聞いた俺に珍しく星弥は真剣に言った。
「・・・あるよ。一つだけ」
「まじ?え?何それ?」
星弥は答えなかった。
その頃からだ。星弥があのノートを持ち歩くようになったのは。
「引き寄せの法則って知ってるか?」
「知らねえ」
「強く願うこと、イメージすることは叶うんだってよ」
そう言って星弥はノートに色んな夢を描いたり、行きたい場所の写真を貼ったりしていた。最初は薄かったノートは日に日に分厚くなっていった。俺は大企業の御曹司はやはり人と違った事をするんだなと思っていた。
ある時星弥が言った。
「このノートでお前の夢も叶えてやるよ」
「え?まじ?」
「理想の女、言ってみ」
絵も天才だった星弥は警察の似顔絵師のように俺が言った特徴をもとに俺の理想の女性を描くと言ってくれた。
「なにより大きく綺麗な瞳で、鼻は小鼻でスラっとしてて、唇はおちょぼ口、輪郭はちょっと丸顔で、髪は胸くらいまであるストレート、胸は綺麗なCカップ、足は細くて身長は160cmくらいかな」
俺は自分が思い浮かべる理想を星弥に言った。
「お!できたぞ!」
そう言って星弥が見せた絵はとんでもなく適当なブスが描かれていた。
「なんだよこれ!全然違うだろ」
「だからお前いつも言ってんだろ。女は顔じゃねぇって。お前が言うような美人そりゃいるだろうけど90%以上性格悪いから。ちょっとコンプレックスあるくらいが女はいいんだよ」
モテる星弥が言うからそうなのかもしれないが未だに俺は納得せずに美女を求めている。それで沢山失敗したのだが。
二年の秋くらいから星弥はよく学校を休むようになった。会った時も星弥はどこか元気がなかった。
「最近お前おかしくね?」
俺がそう聞くと
「お前高校どこ行くんだ?」
と逆に質問してきた。
「高校?まだ考えてないな。ま、行ける学校があればそこかな。え?お前は」
「俺は遠くに行くよ」
「え?遠く?」
高校でも勝手に一緒にいるつもりだった俺は焦った。
「まさか東京とか?」
「いやもっと遠い。アメリカだ」
衝撃だった。高校をどこに行くかすら決めていない俺に対して、星弥はアメリカの高校への進学を考えている。アメリカへの進学など俺が人生で思いつく事などなかった。改めて俺と星弥は住む世界が違うのだと思った。同時に俺はとても寂しくなった。
俺が落ち込んでいるのに氣づいたのか星弥は俺の得意な話題をしてくれた。
「お前さ、ONE PIECEで誰が一番好き?」
「俺はやっぱりルフィかな、サンジも捨てがたいけど。星弥は?」
「俺はヒルルクだ」
「ヒルルク!?そこ行く?・・・そういうとこかもな」
「あ?何が?」
「お前がモテるとこ」
得意な話題でも俺は星弥に打ちのめされた。
英会話や英語の勉強が忙しいらしく星弥は三年になるとさらに学校に来なくなった。そしてやはりたまに会う星弥も前のように元気がなかった。よほど勉強してたのだろう。
そして三年の秋、学校の見学や春から住む家の内見があるからと言って一ヶ月程星弥は渡米した。会えてなくても会いにいける距離にいつもいた星弥が、一ヶ月とはいえ会えない場所に行ってしまったのはとても寂しかった。まるで恋人を失ったようだった(まだ恋人できたことなかったが)。
さすが俺の半分だと思った。
そして中学を卒業するとそれは一生の問題になってしまう。そう思った俺はその時から本氣で勉強を始めた。高校でアメリカ行くのは不可能だけど、大学からなら俺でも行けるかもしれない。あの時生まれた「星弥に会えなくなる危機感」が俺を大学まで進学させてくれたと俺は思っている。まるで恋だ。さすが俺の半分。
アメリカの高校は九月入学で、星弥は中学卒業と同時に準備や試験の為渡米することになっていた。一方、俺は最後の追い込みでなんとか地元の進学校に合格した。
星弥が渡米する日、俺は空港まで星弥を見送りに行った。その日星弥は前の星弥のように元気で自信に満ち溢れていた。夢を叶えた男のようだった。
「ありがとな政宗」
「おう。アメリカでもお前らしくやれよ」
「ああ、もちろん」
俺は泣きそうだったがなんとか堪えていた。そしてかっこよく短めの挨拶だけで済ますつもりだった。二度と会えなくなるわけじゃない。
「男は黙って別れるモン」なのだ。
なのに、いつも冷静だった星弥が突然泣き出した。周りが引くほどの号泣を始めた。それを見て俺の涙腺も崩壊した。泣きながら俺は安心していた。星弥も寂しいのだと。星弥も俺を必要としてくれているのだと。
俺たちはかっこ悪く、抱き合い泣き続けた。
五分程泣きあい、涙を拭くと星弥は意味のわからない事を言った。
「今度会った時一番に聞くからな」
「何を?」
「俺が生きてるのかどうか」
本当に意味がわからなかった。
「は?お前何言ってんの?」
「お礼はちゃんとするからよ。しかもお前じゃ絶対手に入らないようなプレゼントやるからよ。答えてくれよな。頼んだぜ。俺の半分」
そう言うと星弥は映画のワンシーンのような後ろ姿で旅立っていった。本当惚れてしまうくらいにかっこいい後ろ姿だった。
一生会えないわけじゃない。連絡だっていつでも取れる。夏休みだってある。俺はそう自分に言い聞かせ、星弥を見送った。
星弥の乗った飛行機が飛び立つのを見届けると俺は星弥に「またな俺の半分」とLINEした。その時俺の氣分は明るかった。
ただそれが既読になることはなかった。
見送ったあの日から星弥は音信不通になったのだ。
そして俺が高校生活に慣れ始めたその年の六月。
俺は星弥が死んだのを知った。
あの時ほど俺は自分の無力さを感じたことはない
「俺の半分」そう呼んでいた存在がいつ、そしてなぜ死んだのかも俺にはわからなかった
元々俺を遠ざけていたあいつの両親は俺に何も教えてくれなかった
俺はただ無力だった
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