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「お……おい、なんだ?」
とまどう宣宅に鬼一郎はのしかかり、押し倒してしまった。それは例えて言うなら、酔った客がふざけて芸者を押し倒したかのように見えた。
かたわらにいる用人も若武者も女たちも、こんなときになんの悪ふざけを、とあっけにとられていた。
彼らが鬼一郎に注目している間、ときは風のようにすばやく動いていた。そばでひざをついた女中の手から、さっと刀を奪い取ると、畳を蹴って、鬼一郎のほうへ跳んだ。およそ三間(約五・四メートル)の距離。半分はとき自身の力、半分は〈かまいたち〉に与えられた力である。
宙にいる間に、ときは刀の柄を逆手に持って、鞘をはらった。順手に持って刀をふりかぶれば、天井や鴨居にひっかかる恐れがある。だから逆手に持った。刀の切っ先を下に向けたまま、鬼一郎の背に着地すると、その背中にズブリと刀を刺した。さらに、跳んできた勢いのまま、父ばかりではなく、組みふせた宣宅の身体をつらぬき、その下の畳にまで切っ先が到達した。
ごへっ。
異様な声がした。
宣宅が発していた。
はっとして、若侍が動いた。
いや、立ちあがって一歩出ようとしたところで、身体を硬直させた。
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