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宣宅の背中から、破裂したような勢いで、畳に液が広がった。血ではなかった。墨のように真っ黒の、汚らしい、にごった液だった。
ごへっ。
また宣宅がうめいた。
「あ……」
家中の者たちの顔がひきつる。
宣宅の顔の皮ふに、くしゃくしゃとしわがよって、ところどころが縮み、あぶったスルメのようにめくれ上がった。皮ふの下から、灰色の、人の顔でないものが現れる。
虫である。
黒く大きな丸い眼を持つ、蜘蛛に似た、醜い虫の頭部が現れたのだ。
いや、頭部ばかりではない。
手も、腕も、皮ふが同じように縮んでめくれ上がり、灰色の、表面に毛のはえた虫の足が、その下から現れたのだった。
女たちが「きゃ」と短い悲鳴をあげ、あとずさった。あまりのことに息を呑みこんだせいで、悲鳴はそれ以上続かなかった。
鬼一郎の下で、人間の大きさの灰色の虫がうごめいた。口からブクブクと泡をふき、もがき、苦しみ、あがき出ようとするのを、鬼一郎が押さえこんでいた。
ときは柄に手をかけ、鬼一郎の背に乗ったままの態勢でこらえた。
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