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「綾香ちゃん」
名前を呼ばれて肩を叩かれた。振り向くと、
「ねぇ、覚えてる?」
笑顔の麻美ちゃんが立っていた。
「えっ? 覚えてるって……何を?」
麻美ちゃんとは昨日会ったばかりだったが、特別約束をした覚えもなかったので、彼女が何をもって「覚えてる?」とたずねてきたのか、全く思い当たる節がなかった。
麻美ちゃんの、日焼けしていない膝頭のうえを横切る水色のスカートの裾を意味もなく見つめるわたし。その視界を遮るように、彼女の小さな輪郭がじわじわと接近してくる。
薄くおろした前髪の下に光る、ぱっちりとした黒い瞳を見ているうちに、やっぱり麻美ちゃんと何か大切な約束をしていたのかもしれないという気持ちにさせられるのだが、どうしよう、全く覚えていないのだ……。
わたしってば、友達との約束を忘れてしまうほど疲れていたんだろうか――
先週末の中間テストに続き、今週は部活の大会の準備にずっと追われていたのだから、確かに、心身ともに疲労していたのかもしれないけど、でも、約束事をきれいさっぱり忘れてしまうほど、ひどい疲労だったという自覚はなかった。
だって、それほどまでに疲れていたのなら、こうして今日、ショッピングモールに買い物に来る気力もわいてこないはずだから――
ぽかんと所在なく立ち尽くしているわたしを前に、麻美ちゃんは数回早い瞬きを繰り返すと、あきらめたようにふっと短く息を吹き出してから、
「やっぱり、忘れられちゃってるみたいだね?」
と呟くように言って、肩を落とした。
「……」
沈んだ声を耳にして、何だか申し訳ない気持ちばかりが募ってゆく。
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