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美しすぎたから。
「ねえ、覚えてる? 三月三十一日」
一人座る公園のベンチ。吹いた風はまだ冷たくて、頬がピリピリと痛んだあの日。
「ああ、覚えてる。凛奈(りんな)は、家出してたんだっけ」
大きな荷物を足元に置いて、ぼんやりと月を見上げていた。星がよく見える、空気の澄んだ夜のこと。
「うん、そう。それで、たまたま孝(まなぶ)が声をかけてくれたんだよね」
――あんた、そこで何してんの。
振り返った時、ちょうど目にたまってたしずくが一つ、頬を伝った。
「星空が移って、きれいな目をしていたんだ」
ここで私と彼の目線が初めて合った。
知らなかったんだ。
血しぶきが飛んで汚れた顔の真ん中で、まるで宝石みたいにキラキラしてる目が、この世で一番美しいってこと。
――もしかして、人殺してきた?
彼の言葉に、コクン、とうなずく。
一泊おいて、彼はふっと微笑んだ。
――同じだな。
「孝、めっちゃくちゃいい笑顔だった」
「凛奈はきれいすぎたよ」
吹きすぎた風に、かすかににじんだ血の匂い。
これが二人の、五日間の逃亡劇の始まりだった。
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