飲み友

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飲み友

「ねえ、ボクのこと覚えてる?」 小学生から中学1年まで一緒だったタカシくんに声を掛けられたのはボクがビルから飛び降りようとしていた時だった。 職場はパワハラがまかり通る点ではブラックで、日々罵詈雑言を浴び、叱咤叱咤叱咤の世界だ。 キサマなんて消えろ、この会社の電気だって水だって紙一切れだって出来ないヤツが使っていいもんなんてないんだ。その上給料まで。大赤字だ、泥棒だと罵られた。 もうやってられないから望みどおり終わりにしようと思っていた時にタカシくんに声をかけられたのだ。 当然の流れで飲みに行くことになった。確かに小学校から中1まで一緒だったタカシくんだ。 懐かしくて子供の頃の思い出話に花を咲かせて飲んだ。 楽しい酒だったから死ぬのはうやむやになった。 次にタカシくんに会ったのも過度な叱責に落ち込んで死にたくなった時だった。 「やあ、また会ったね。覚えてる?」と声をかけてくれた。 それからタカシくんとは時々会って飲むようになった。 昔一緒にゲームをしたり、プラモデルを作ったりしたこと、名物先生のこと、クラスで面白かった友だちのこと等を肴に楽しい酒を飲んだ。 でも、不思議なことに話題になるのは小学校から中1までのことに限定されてしまう。 タカシくんとその後どうなったのかも記憶にない。転校したのか?何かケンカでもして不仲になったのか?全く思い出せなかった。 そして、タカシくんが現れるのは決まってボクが過度な叱責に落ち込んで死にたいと思っている時だった。 係長の指示ミスにより大量の発注ミスが発生した。こんなことが明らかになれば昇進間近の係長の将来はない。 どうでもいいダメ社員に全責任をなすりつけてしまえということで、課長も部長も係長のミスを隠蔽して組織ぐるみでボクに責任をなすりつけた。 組織ぐるみで暴言や脅し、罵倒を浴びせられ続けると本当に自分が勝手にやったことじゃないかと洗脳されてくる。 それに加えて罵倒、罵倒、叱責、叱責。 もうイヤだ。死ぬ。でも、死ぬのは怖いよ。ボクはひとり酒を飲んでベロンベロンに酔っ払った。これだけベロンベロンならビルから飛び降りるなんて怖くない。むしろ楽しいかも知れない。 そんな時にタカシくんがもう1件いかないかと声をかけてきた。 もう死ぬんだ、最期に酒を飲んでくれたのがタカシくんなら嬉しいよと思って一緒に飲みに行くことにした。 タカシくんの話は相変わらず子供の頃の思い出ばかり。 ボクはイライラして、中学の後はどうなったのかとか、今は何をしてるとか、タカシくんの人生について訊いてみた。 「ごめんね、ボクには中学一年までの記憶しかないんだ」 とタカシくんは言った。バカにされてるのかと頭にきてタカシくんの悲しそうな表情には気がつかなかった。 「ふざけてんのか!ボクをバカにしてるだろ!いつもボクが泣いてる時にばかり現れて、本当は無様な姿を笑ってるんだろ!」 怒りが抑えきれずにタカシくんを怒鳴ってしまった。本当に自分が情けなくて最低で怒鳴りながらボクは泣いていた。 「ねえ、覚えてる?ボクは中学一年の夏に・・・」 タカシくんの言葉にボクは血の気が消えた。大量に飲酒した酔いも一瞬で醒めた。 タカシくんはイジメに遭っていた。イジメはエスカレートして堪えられなくなったタカシくんは中1の夏に自ら命を絶った。 仲良くしていたのに、友達なのに助けてあげられなかったことが辛くて、タカシくんが助けてくれなかったのを恨んで死んだかもと思うと恐くて、ボクは記憶を封印してタカシくんのことを忘れていたんだった。 「タカシくん・・・助けてあげられなかった、ごめんね」 泣きじゃくるボクの手をタカシくんが掴む。再会してから触れるのは初めてだけど冷たい手だ。 「ボクこそごめんね。せっかくボクを元気付けようとしてくれたのに約束を守れなかった」 酷いイジメにタカシくんが泣いていたので、ボクはカブトムシやクワガタがいっぱいいる秘密の場所にタカシくんを誘ったんだった。 約束の時間を過ぎてもタカシくんは来なくて、ずっと待ってても来なかった。 あんな酷いイジメに遭ってたのに助けてあげられなかったから怒っているのかと思った帰り道でタカシくんが飛び降りたのを知ったんだった。 ボクはガタガタと震えたし、泣いた。 泣いてタカシくんに謝り続けた。 「謝らないでよ。覚えてるかな?キミは誠実で真面目で優しくて本当にいいヤツなんだよ」 タカシくんは涙を流してボクがタカシくんを励ましたり慰めたりしたことへの感謝を言った。助けてあげられなかったことに対する恨みなんか一言もなかった。 「だから、キミは飛び降りたりしちゃダメだ。こっちへ来てはいけない。辛いこともあるだろうけど頑張って生きてよ。それが出来なかったボクのためにも」 そうか、タカシくんはずっとボクのことを見ていてくれたんだ。そしてボクが死にたいと思った時にそれをさせないために現れて一緒に飲んでくれたんだ。 「頑張れるかな?また死にたいと思ったら助けてくれる?」 ボクが訊くとタカシくんは哀しそうな顔をして首を横に振った。 大切な人、想いが強い人のために霊体になって会いに来ることは、相手に自分が霊体であることを知られたらできなくなるらしい。 もう会えなくなる覚悟でタカシくんはボクに全てを語ってくれたのか。 「さようなら、頑張ってね、信じてるから」 タカシくんは消えた。 ボクは、いつもタカシくんと飲みに来ていたこの店があるビルは、昔、タカシくんが飛び降りたビルだということに今更気がついた。 ボクはパワハラをしたり、自分のミスをなすりつけたりしたヤツらを訴えることにした。辛くて苦しい戦いになるけど、死ぬことを思えばどうということはない。 生きて、生きて、生き抜いて命をまっとうするんだ。そうでないと向こうで再会した時にタカシくんが悲しむから。
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