絶望の海に私は在る

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絶望の海に私は在る

 絶望の海は昏い。高熱を出して、五感がおかしくなり、周りの景色が歪んだような感覚。あるいは、何者かに頭を殴られて、上下左右も判らない、立つ瀬がどこにもない恐ろしき世界。それでも、このまま死ぬにはあまりにも悔しいから、心の中で闘志を燃やし、立ち上がる。  長きに渡る闘いで、依然として昏く、暗いが、そのために冷静が訪れ、思考する。今も只中にある、自身の窮地を脱する為に。  海を見ている。それは目では見えず、無味無臭で音も無く触れない。けれど、確かにそこにある。私の記憶の中のさざ波が聞こえる。潮の臭いはしない。とてもつもない、大きな湖と言えようか。それは現実の全てを覆い隠したとしても余るほどで、その壮大さはやはり海だとしか表現できない。  わからないことが訪れると私は絶望の海の中へと潜る。わからないことに対して、何か足がかりがないかと、懸命にじたばたする。それは、溺れたときのあのどうしようもない感覚に似ている。不意に景色が白くなる。私は私を否定し、絶望の海に還ろうとしている。  昏い中で、輝くあの白々しい景色がとても美しい。全てを忘れて、あそこに行けば、私は幸せになれるのではないか? しかし、私は恐れを知っている。臆病な私は死の辛さを知っている。そして、その辛さを乗り越えるには、まだ私は憎しみを果たしてはいない。だから、私は回帰する。胸に宿った暗い灯りに照らされ、私は思い出す。私という存在の在り処を。  そして、同時に私は足がかりを発見する。それは海底だろうか? いや、マンタのような背をした魚の身体だ。それでも私の昏きは澄み渡る。視界が開き、上を見上げれば、海面が輝いている。絶望の海にも太陽は現れるのだ。息をしている限り。  それは偽者の太陽。現実ほどの輝きは無い。けれど、この昏きにあっては至上の光。あそこに行ってみたいと思う。自然と足が魚の背を離れ、手で海の水を払い、両足の上下運動が、私の未来へ向かうための推進力となる。  途中、何度も、疑問という海流に飲まれ、泳ぎが妨げられる。けれど、深きで得た真理は、それさえも、飲み込み、圧倒的な存在感を持って、空へと向かう力となる。そして、海面を突き抜け、空を覗くことができた。  そこには偽の太陽に照らされた真実が明確に現れる。私の形は明確になる。まだ、哲学という域でしかない、偽物の真実だが、現実に影響を及ぼすことができるほどの一品だ。  これを誰かが目にし、そこにあると認識できたなら、それは本物となるのだろう。  私は未だに偽者である。まだ、己を騙せるほどの真理を得てはいない。再び潜ることになる。いつか本物となり、満足して、安らかな眠りにつくまで。私の憎しみが、世界以上の何かを倒し、全ての生命の哀しみを和らげ、優しきが満ちるように。  私は潜り続ける。この暗い火を持って。絶望の海で息をする。
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