序章

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序章

 とおい日の記憶。見上げた空の色は、うすーい灰色。  その空から、ぽつぽつと、雨もふりだしていた。  さっきまで近くで鳴いていたカラスの声も、今は小さくしか聞こえない。  そんな中、こちらを見つめる少年の表情。  それは、今まさに見上げた空と同じくらい、くもっている。 「なんでオレはこうなんだ……」  彼の声を聞いて、申し訳なくなる。ごめんね、期待に応えられなくて。  その時だった。一人の少女が、こちらに走ってくるのが見えた。  少女は、少年の前で立ち止まった。  全速力で走ってきたのだろう、肩を上下させている。  うつむいていた少年が、少女の方をぬれた目できっとにらんだ。 「……何だよ。オレのこと、笑いにきたのかよ」  つぶやくように放たれた言葉には、とげがあった。彼はまた、うつむく。  しかし、少女にはその言葉の意味は、どうやら伝わらなかったようで。  彼女の目は今、とてもかがやいて見えた。  今目の前で泣きそうな表情をしている少年とは、まるで違っている。  彼女はにっこりほほえんだ。 「魔法が使えるなんて、すてきだね」 「……っ!」  少年はそれを聞いて、いきおいよく顔を上げた。  その目は、おどろきで見開かれている。  たぶん、少年も自分と同じくらい、びっくりしたんだと思う。  あんなものを見た後で、すてきだなんて言ってくれる人がいるなんて。  でも、少女がうそを言っているようにも見えない。  少年は、何も言わずに、ただ少女の目をまっすぐに見つめた。  少女もまた、無言で彼を見つめ返す。しばらく二人は見つめあっていた。  少年は視線を外すと、おずおずと声をかけた。 「本当に、すてきだと思ってくれるなら……」 「くれるなら……?」  そのあと続いたはずの二人の会話は、よく覚えていない。
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