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俺達は暗闇の中で生きて来た。
この世界は、いつの頃からか巨大な生物に蹂躪されていた。奴らは我が物顔で世界中を闊歩し、俺達は自然片隅に追いやられることとなった。
幸いと言うべきか、奴らは巨体過ぎて隅々にまで気が回らない。なので俺達はずっと、奴らの目の届かない場所にひそんで暮らしていた。
奴らの姿は俺達とは全く違う。でかい図体をしている分動きは俺達より鈍い。だが、奴らは時に毒を使う。奴らの全てが使えるわけではなさそうだし、どういう仕組みになっているかはわからないが、奴らには毒属性があるのだ。
俺達は常に息をひそめていた。
俺達の住処は、光の差さない暗闇だ。奴らに気づかれないような場所を選ぶと、大抵そうなる。真っ暗でじめじめとした狭い場所に、両親やたくさんの兄弟姉妹、時にはおじおばいとこや親類まで出入りする。
奴らの足元で暮らして行くのは何かと危険だ。いつでもコソコソ生きて行かなければならない。俺はそれが嫌だった。こんなせせこましい場所ではなく、もっと広い世界を見てみたい。ずっとそう思って暮らしていた。
「親父、俺はここを出たい」
俺は父親にそう切り出した。父親はごそりと動いて俺を見た。まわりでは兄弟達がガサゴソ歩き回っている。自分達の住処でさえ、こっそり動くことが習慣になっているのだ。
「ここを出て、どこへ行くんだ」
「どこでもいい。こんなところにはいたくないんだ」
父親はテカテカとした頭を振った。
「なんだってそんなことを言うんだ。ここにいれば、冬の寒さも耐えられるし、食べ物だってある。生きて行くには充分だ」
父親の答えに、俺は心底がっかりした。確かにここにいれば冬だってそんなに寒くないし、食べる物はあるにはある。だけど、そんなことじゃないんだ。
「食べ物と言っても、口に入るものを片っ端から食べているだけじゃないか。大半は奴らの食べ残しだ」
「それでも、冬に凍えたり食べるものもなく飢えたりするよりはマシだろう。外は危険が一杯だが、ここなら奴らにさえ気をつければ大丈夫だ。我々はここで生きて行くしかないんだ」
それが嫌なんだよ、俺は。こんな環境に慣れきって、唯々諾々と日々を過ごすだけの、気概も何もない両親や親族が。
「とにかく、俺はここを出て行く。広い世界に旅立ってやる」
「おい、待て」
父親が止めるのも聞かず、俺は住処を飛び出して行った。
それから、俺は何日も何日も歩き続けた。勿論、奴らに見つかって叩きのめされそうになったり、毒ガスを吹きかけられそうになったが、何とか逃げ出して助かった。
確かに、外の世界には奴ら以外にもたくさんの危険がある。隠れるように素早く動かなければならないし、体を休める時は目立たない場所にいなければならないのは同じだ。でも、この自由の空気は今までになかったものだ。俺の気分は充実していた。
そんな生活を続けるうち、俺は奴らをなめてかかるようになっていた。奴らがどんな攻撃を仕掛けて来ても、逃げ延びられる。そう思っていた。
……多分、それがいけなかった。
その日も俺は、奴らの住処に忍び込んで食べ物を盗み食いしようとしていた。
ふと見ると、小さな四阿のような建物が建てられている。ちょうど俺達のサイズの建物だ。その建物の中から、なんとも言えず美味そうな食べ物の匂いがして来た。
こんなところに食べ物が? 少しばかり奇妙にも思ったが、腹が減っていたその時の俺には食欲の方が勝った。俺は誘われるように建物に入り込み、食べ物を口にした。
「う……美味い!」
こんな美味いものを食べたのは初めてだった。俺はむさぼるように食べ物を食いまくった。
すっかり満腹になり、今宵のねぐらを探そうとした時。
不意に、手足がしびれるような感覚に襲われた。息も苦しくなって来る。何だ? 一体どうした?
毒、という言葉が頭に浮かんだ。まずい。こんなところで倒れてしまったら、例え回復しても簡単に殺されてしまう。俺は必死で休める場所を探した。
結局俺が倒れ込んだ場所は、生まれ育った場所と同じような暗くせせこましくじめじめした場所だった。
もう動けそうにはなかった。俺はこのまま死んで行くのか。暗闇が嫌で出て行った俺が、暗闇の中で死ぬのか。こんな……毒なんかで。
と。
がさり、と周囲の闇が動いた。
薄れようとする意識を何とかつなぎ止め、辺りを探る。……俺と同族の連中だ。ここは彼らの住処だったようだ。……ヤバい。
「父ちゃん、お腹すいたよー」
子供の声がした。
「もう少し待ってろ。こいつがどこのどいつかは知らないが、もう少しで死にそうだ。死んだら食っていいぞ」
……そうだ、俺達の種族は口に入るものなら何だって食う。例え、同族の死骸ですら、だ。ここの一族にとっては、俺は自分から転がり込んで来たエサだ。だが、すっかり毒が回った俺の死骸なんか食ったら、ここの皆も全員毒にやられるだろうに。だがもう、それを伝えることも出来ない。
ああ、さっきの建物は、これを見込んだ罠だったんだな。奴ら……人間という種族の奴らは、俺達ゴキブリ族の習性を知って、あんな罠を張ったんだ。少しは楽しかったけれど、結局俺はゴキブリである自分から逃れられなかったということか。
俺が動かなくなったのを見計らって、周りの者達が俺に群がって来た。今度こそ俺は、永遠の暗闇に落ちて行った。
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