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「い、ないですけど」
しまったと思った。
考えてみると、普通だったら兄妹の有無を訊ねるようななんでもない質問に、ここまで身構えて答えない。
晩御飯何食べた?みたいな軽いスタンスで、ほとんど表情を変えず「いないですよ」と答えるべきだった。
さっきから、唇や喉の奥が乾いて仕方がない。
「あ、そうか。じゃあ勘違いか」
「何か、ありました?」
私は、首を傾けた後、先生が兄妹がいると思った理由について訊ねた。
気になって仕方なかった。
「ああ、実は前にもこの辺りに来ることがあったんだ。それでおまえの家の前を通った時、窓から、チラッと二人で話している様子が見えたんだ。すまん……。盗み見するつもりじゃなかったんだけど。たまたま目に入って」
それはいつのことなんだろう?
蓮君が逃亡犯だってわかってからは、彼がいる部屋のカーテンもブラインドもしっかり閉めるように注意はしていたんだけどな。
家にいれば、安全だとは限らないんだ。
「きっと、それは従兄弟のことかと思います。この間、来ていたので」
「そうか、悪いな。ちゃんと生徒の家族関係把握できてないからなーっ」
先生は、後頭部に手をやりながら、あっけらかんと笑っている。
私の嘘を、なんの疑いもなく信じてくれる先生を見て、心底よかったと思う反面、申し訳なさも感じた。
「おまえ、毎日家の人遅いんだったら、気を付けて過ごせよ」
今まで笑っていたのに、急に真面目な顔になった先生を見て、どう反応したらよいのか戸惑う。
「大丈夫です。料理も掃除も子供のわりに、できるんで」
「あははは、言うな〜。木谷はしっかりしてるからな」
生意気な事言いすぎたかな。
いつも、何も喋れないくせに、口を開くといらない事を言ってしまうから。
「女の子一人なんだ。戸締りをしとけって意味だぞ」
そう言いながら、先生は紙切れに書いた携帯番号をくれた。
何かあったら、これに電話していいって。
思ったより汚い字で笑えたけど、ありがたいなと感じた。
先生、ごめんなさい。
先生が遠くなるまで見送って、扉を閉めた瞬間、どっと疲れが溢れてきた。
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