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 家に入ると、おばあちゃんの写真にただいまと言ってお風呂場へ直行した。  随分と濡れて冷えた体を温めるため、熱めのシャワーを浴びた。  「あったかい……」  シャワーを止め、髪や体を洗っている間にバスタブにお湯を溜めた。  十分な水位に至らなかったので、シャワーを足しながら湯船に浸かる。  このまま腕を切ってしまったら、楽かな。  お湯から手首を出し、裏側の青い血管を見つめる。  でもすぐに、痛いのは嫌だし、お母さんとおばあちゃんのことを思い出して、首を振りながら手首は頭の後ろに収納した。  目を閉じて手足を伸ばすと、窓を介して雨の音が聞こえた。  お風呂から出ると、土曜日に作り置きしていたクリームシチューを、冷凍庫から取り出して温めた。  気を取り直して、だだっ広いリビングで、それをパンに付けて食べながらぼんやりとテレビを見る。  あまり味がしない。  テレビでお得物件の特集をやっており、古い洋館のような建物がいくつか出ていて、その家の一つがこの家に似ているなと、一人で思っていた。  ご飯を食べた後、宿題をして、好きな漫画や、小説を読んだりする。  お話の世界は、自分が別の人間になっているような気分にしてくれるからとてもいい。  今まで沢山の物語に私は救われた。  だから私も、最近少しずつだけど物語を書いている。人に楽しんでほしいからとかではなくて、自分の世界を作って、現実から逃げるために書いている。  誰かの為に書いてみたいと思うこともあるけれど、所詮、私みたいなつまらない人間が人の感情を動かすことなんて、とうてい無理だろうから。  考え事の最後は、いつもそんなマイナスなことばかりに行き着いてしまう。  だからきっと、私は駄目なんだ。    今日は小説を少し読んで、その後余力があったら執筆をしよう。  そう思って、私はお気に入りのバタフライピーのハーブティーを淹れ、テーブルの椅子に腰かけた。  透き通ったブルーのお茶からは、疲れを溶かしていくようなすっきりとしたいい匂いがする。雨の日は、このハーブティーがぴったりだ。    昨日第一章まで読んだから、今日は第二章まで読もう。  本のページを捲りながら、ハーブティーを啜った。  外はまだ雨が降っているようだ。微かだけど、水滴が家を叩く音がする。    雨の音を聞きながら、ちょうど第二章を読み終えた時のことだった。  玄関のすぐ近くで何か鈍い音がしたような気がして、気になって外へ出てみた。  傘を差して、扉の周囲を見回す。  その時だった。 「ひっ!」    幽霊とか、そんな類のものは信じていないし、いたとしたら友達になってほしいくらいだと思っていた私でも、その瞬間だけはとても驚いた。    家の前。雨と濡れた草に紛れて、人が倒れていた。
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