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三
ドラムの効いた音楽を鳴らてリズムに乗る妻は、大きな肉の塊を持って刻み始めた。ベーコンではなさそうな久々の肉の塊に興奮しているようにも見える。その肉を細かくしてから煮込むのが彼女流。「美味しくなあれ、美味しくなあれ」とコトコトコトコトと煮込んでいた。
横になっていた僕は体の痛さと夜遅いせいもあり再び睡魔に襲われる。
その時だった。僕のスマホがマナーモードで揺れ始めたのは。それもこたつテーブルの上で。
「あなた〜、メール何通も来てるけど大丈夫?」
妻の独り言のような言葉に、ふと意識が戻った。
「ああ、たぶん」
こんな夜中になんだろう? 今日何か誰かと約束事でもあったっけ。ふと職場での一日を振り返る。
「ちょっと待ってて。誰からか見るね」
「ああ」
「う~んと……佐藤さん。佐藤って書いてある。会社の人?」
台所で僕のスマホを持ち、首をかしげる妻の姿が見えた。
佐藤と言えば、取引先の可愛い秘書さん。そうだ、金曜の夜に食事でもと誘ったような記憶が。オシャレな展望ダイナーを予約して、そのまま高級ホテルでアイスワインでもと企んでいたっけ。泊まれるように部屋まできちっと予約して。
「そう。会社の上司……」
ここは適当に嘘をついて凌ごうと思った。苗字だけなら男女の区別はつかないと高を括って。それに僕のスマホは指紋認証だから、妻に中を見られる心配もない。
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