第二章 診察

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第二章 診察

 看護師は、吊るされている点滴を持っている点滴に針を刺し直し、手際良く交換して僕の脈を測る。  測り終えると手の甲にボールペンで書き、僕の顔を見た。 「え?」と目を丸くし驚いた表情を見せる。  看護師は、すぐさまナースコールボタンを押し 「患者さんが目を覚ましました!」と大きな声で言うと病室を出て行く。  暫くすると、無精髭の三十代ほどの医師が姿を見せて僕の目に小さなライトを当て眼球の動きを診ている。  ……眩しい。 「君、名前分かる?」  先ほどの女性と同じ質問をする医師。 「ごめんなさい、分かりません」 「そうか。何か自分の事について覚えている事を教えて下さい」  そう言われ、寝たまま話すのも失礼かと思い起き上がろうとすると、医師や看護師達に制された。 「君は半年も昏睡状態だったんだ。筋肉が衰えてまだ起き上がる事は出来ないから安静にしていなさい」  医師は淡々と説明する。  半年も昏睡状態?  一体自分の体に何が起きたのだろう。 「知っている事は……、僕は男性です。兎山あかりという女子高生にぶつかって頭を打ったそうです」 「頭を打ったそうです? まるで誰かに聞いたみたいな言い方だね。それに何故相手の名前を?」 「何故って此処にいる人が……」  僕は右にいる女性に向かって指を差す。 「此処って?」  医者は僕に尋ねる。  僕の指の先は、窓辺を差していた。  慌てて周りを見渡すが、僕の右側には誰もいない。 「あれ? さっきまで」 「んー。君は頭を打っているからね。年齢は分かりますか?」  どういう事だ。  あれは幻だとでもいうのか。  その幻は確かに名乗った、兎山あかりと。 「大丈夫かい? もう一度聞くよ。年齢は分かりますか?」 「年齢は、たぶん高校生くらいだと思います」  自分の年齢は、体型から単に推測して言っただけで知っている訳ではなかった。  だが、僕の答え方で医師は推測であることを見通しているようだった。 「あの、僕の家族に会わせて頂けますか?」 「それが、もしかしたら君には家族がいないのかもしれない」 「え?」 「それどころか、友人と名乗る者も来ていない。この半年間、君の家族も来なければ、捜索願いも出ていないらしい。だから当院としても君がどこの誰か分からないんだ」 「そんな……」 「医療費の事は、とりあえず心配しなくて良い。後で当院の担当者が説明するが、日本は少子高齢化が進んで、特に年老いた方が入院意志の判断が出来なく医療費を払う能力がない場合は、助成制度がある。君の場合は、その認定を受けているから完治するまで私が治療させて頂くからね」  目覚めたばかりの僕には、医療費なんて事まで頭が回っていなかったのが正直なところだった。  それよりも、家族がいない事の方がショックが大きい。 「暫く安静にしていなさい。少しずつ記憶を取り戻していくだろうから」  医師はそう告げると病室を出て行った。
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