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第四章 疑い
それから兎山あかりが僕の近くで呼びかける日々を待ったが現れる事はなかった。
半年間使われなかった筋肉は衰え、毎日のリハビリは厳しかった。
汗を掻く毎日。
努力するほど筋肉は付き、成果は努力に比例し生きている実感を僕に与えた。
ただ何もしていない時間は「貴方も苦しみなさい」という母親の言葉が、頭に反芻して止まない。
ある日、リハビリから病室に独りで戻ると
「お帰りなさい!」という声が響いた。
兎山あかりだ。
「あかりさん!」と、思いがけない再会に声が荒くなった。
兎山あかりは、そんな僕を見てシーッと人差し指を立てて彼女自身の唇に当てている。
「……。あかりさんは死んでいるの?」
「そんな訳ないでしょ! 足もあるわよ!」と立ち上がって軽く飛び跳ね元気な様子を見せる。
「だって、君のお父さんは……」と言い掛けると
「そうね。家族はそう思っているわ。いえ、家族だけじゃない。戸籍上もこの世の貴方以外全ての人もね」と、か弱い声。
「どういう事ですか?」
「さぁ、それはまだ秘密かな」
「秘密って。僕はあかりさんのお母さんに苦しみなさいとまで言われているんだぞ!」
「君は苦しまなくても良いわよ。あたしが生きている事を知っているんだから」
「でも、あかりさんの家族は苦しんでいるんだよ!」
「あんな家族は苦しめば良いのよ」
「どうしてそんな事を言うんだよ!」
優しさを見せていた彼女とは思えない酷い言葉に、僕は声を荒げていた。
あかりは、肩をビクッとさせたあと、ゆっくりと立ち上がり短いスカートをたくし上げる。
「ちょっ! なにやっ」
そう言いかけて目を逸らそうとしたが、その白い太腿の肌には多くの痣があった。
「それは事故の時?」
「ううん。半年前にお父さんにやられたのよ」
「やられたって、虐待?」
「そう。お父さんがリストラされて家にいるようになってから毎日」
「毎日って、でも短いスカート履いてるでしょ」
「蹴られるのはお腹や背中、それを防ごうとする腕ばかり。信じられないなら裸になろうか?」
「いや、ならなくてもいいよ」
「信じてくれるのね」
「信じられない事は一つある」
「何?」
「あかりさんの話が事実なら、戸籍上も家族も病院も警察も、全て意図的に騙しきった事になる。そんな事は不可能だ」
「そうね。それには当然カラクリがあるわ。どちらかと言えば被害者はあたしの計画にハマった君の方ね」
「どんなカラクリなんだ?」
「それは、君が退院したら教えるよ。此処で君が口を滑らせてしまったら計画が台無しになるから」
そんな説明では、到底納得なんか出来ないが、教えられないと言っている訳ではない。
下手に言い争って連絡付かなくなるくらいなら、僕はその時を待つ事にする。
「で、あれからなんで会いに来なくなった?」
「色々と疑い深いね。ま、仕方ないけど。病院の前にお父さんが見張っていたり、そのお父さんを監視している警察官がいたりで来られなかったのよ。お父さんね、病院から君の退院の時期や個人情報を聞き出そうと必死よ。それで病院の出禁食らったらしいよ」
あかりの説明の中には信じられない事も多いが、辻褄が合う話だと思えた。
後で教えるとか、秘密とかを除けばだけれど。
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