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第五章 カラクリ
その後、一ヶ月程で僕の体力と記憶は順調に回復していった。
名前は藤原和斗。
○○大学に通う情報工学科に通う一年生だ。
田舎から出て来たばかりという事もあり、友人と呼べる者もいなかった。
両親が遺した遺産で大学の近くに小さなアパートの2階を借りている。
家賃は4年分の部屋代を一括で支払う事で大家さんに割引価格で借りた安い部屋だった。
そして僕は、バイトを辞めさせられたその帰りに、自転車で兎山あかりと激しくぶつかった所まで記憶が蘇った。
退院も決まり、病院の出入口で待ち伏せしているかもしれないあかりの父親に会う事なく、記憶を頼りにアパートの階段へと辿り着いた。
「退院おめでと!」
階段を見上げると兎山あかりが最上段に座っている。
「住所を教えた覚えはないけど?」
警察さえ調べ切れなかった住所を何故知っている?
そんな疑問が湧く。
「カラクリよ!」
「カラクリ?」
この言葉を便利に使い過ぎじゃないか?
「お部屋に入れてくれたら全部話すわ」
何を企んでいるんだ?
「部屋に入れて話す事に偽りは言わないと誓うか?」
「あたしも疑われたものね。当然誓うよ。今までも偽りはないわ」
「………。悪いがお茶も無いぞ」
「分かってる」
あかりはそう言ってコンビニの袋から大きなペットボトルを見せた。
僕は、階段を上り部屋の鍵を開け彼女を中に招く。
7ヶ月ぶりに入った部屋はカビと埃の臭いが鼻を突く。
「換気するね」
僕は、全ての窓を開け払い掃除機をかけ始める。
あかりは、無言で7ヶ月間そのままだった食器やコップを洗い始めた。
「いいよ、一応お客なんだしその辺に座ってて」
「どうせ暇だから」と、その手は止めなかった。
一通り掃除を終えると
「はい、お茶」と洗いたてのコップを両手に持ち、その片方を差し出しされる。
「これじゃどっちが客なんだか」
「いいじゃん、気にする事ないでしょ」とあかりは目の前でお茶を飲む。
僕はため息を吐き、渡されたお茶を飲む。
先に飲み終えたあかりは
「ごちそうさま」と言うが買って来たのはあかりだ。
「こちらこそごちそうさま」と言うと僕の手からコップを奪い取り洗い始める。
「それで、カラクリっていうやつを教えてくれないか?」
戸籍も家族も警察も病院もあかりはこの世にはいない事になっている。
目の前にいるあかりは何者なんだ?
実はあの世の住人ですとでも言わないだろうな?
あかりはコップを洗い終わると、その手を止めゆっくりと振り返る。
幽霊という言葉が頭から離れずこっちを向くあかりにビクッとする。
あかりの顔は俯いたまま見えない。
「どした? 急に気落ちしたような表情をして」
あかりは急に顔を上げて
「怒らないと誓って!」と詰め寄って来た。
「お、おう。怒らないよ」
あかりの勢いに驚いて、そう口にした。
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