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第六章 真実
「知っていたのよ、あたし達」
「達って…何を?」
「7ヶ月前に和斗さんがあの時間あの場所を通る事」
「どういう事?」
「あたしね、8か月前の4月にあの交差点で勢いよく自転車ですれ違った人に言いたい事が出来たの。その人はいつも勢い良く自転車に乗って一瞬しかすれ違わないから言いたい事を言うタイミングがなかった。でも次の日も、その次の日も同じ時間にすれ違う事を知って、いつか赤信号で停まって言いたい事を言う為にいつも待ち伏せしてたんだ」
「待ち伏せって……」
「そんなストーカーみたいな事を2週間ほどしてた時、その人を待っても待っても来なかった日があって、暗くなっても来なかった。でもね、その日は違う出会いがあったの」
「違う出会い?」
「反対の交差点の向こうで信号待ちしている女性が、赤信号を急に飛び出して車に轢かれそうになったんだけど、周囲の人がその女性の手を引っ張って助けてもらえたのを見かけたの」
「良かった。その人、助かったんだ」
「助けられた女性は泣いてるのに飛び出した事を助けた人が叱りつけて、青信号になって誰も居なくなって。あたしは待ち人を諦めて交差点を渡ってその女性に声をかけたの。大丈夫? って」
「怪我してなければ良いけど」
「うん、そうしたらその人、顔上げてあたしを見て死にたいって、死なせてって言った。間違って飛び出したんじゃなくて自殺しようとしたんだって知ったの」
「そんな、その女性は今は元気?」
「……。あたしは、死んだっていい事ないよって励ましたくてその人と近くの喫茶に入ったんだ。名前は鶴居美天だって教えてくれた」
「あかりさん偉いね。今は世知辛い世の中だから触らぬ神に祟りなし的な感じで通り過ぎる人ばかりだよね」
「うん。でもね、美天ちゃんね、ガンが進行しててステージⅣの末期だって、余命宣告されたばかりだったんだって。病気で死ぬなら死に方くらい自分で決めたいって、死ぬ事は消極的だけど死に方を考える事は積極的な事だって論破されちゃった」
「余命宣告って、どのくらいだったの?」
「3ヶ月もないって言われたらしい」
「それから8か月経っているから、美天さんは、じゃあもう……」
「あたしね、残った3ヶ月をあたしと一緒に楽しもうよって言って仲良くなって毎日会うようになったの。それで決まった時間にすれ違う人を一緒に待つようになったんだ。一週間くらい経った日に、いつもどおりその人が勢い良くすれ違った後に美天ちゃんが突然言ってきたの」
「何て?」
「あの人は、この信号で停まらない。だから、ただ死ぬんじゃなくて死ぬ前に意味ある事をしたいって」
「………。」
「あたし達は話し合って、虐待されてるあたしと美天ちゃんが入れ替われたらお互い幸せになれるんじゃないかって」
「どうしてだよ! あかりさんは虐待を逃れたとしても、その女性のどこが幸せなんだよ!」
「だから、あたしがすれ違う人に言いたい事を言う為に知り合いになる切っ掛けを作りたいって! この世に何か遺したいって! それが余命宣告受けた私の幸せだって! 美天ちゃんそう言うのよ! そう言う人に何を言い返せるのよ! あたしは、何も言い返せなかった……」
「……。でも入れ替わるだなんて、そんな事出来る訳ないだろ!」
「あたしもそう言った。入れ替わるなんて無理だって」
「でも、もう既に美天ちゃんは、準備を済ませてたの」
「何の準備?」
「美天ちゃんのお兄さんを説得して、美天が決めた事ならって言って、整形外科のお兄さんがあたしと美天ちゃんの顔を入れ替えたの。だから、あたしは今、鶴居美天の顔なの」
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