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これは悪い夢だと思いました。思いたかった、という方が正しいでしょうか。
けれども悪夢は続きました。
翌日になっても富田林は私の前に現れ続け、私の友達と一緒に遊んだりサークルに参加したりしてきます。誰も彼の顔を見ておかしいとは言い出しませんでしたし、明るくて冗談の上手い彼はいつもみんなの人気者でした。
人気者でありながら、富田林は私のことを誰よりも大切にしてくれました。
私が苦手な科目の試験前には、勉強を教えに来てくれました。私が前から行きたがっていたライブのチケットを手に入れてくれて、一緒に行こうと誘ってくれました。私に辛いことがあると一番に気づいて、慰めてくれます。私が悪いことをした時は「トモコのここがダメだよ」とちゃんと教えてくれましたし、良いことがあったときは一緒に喜んでくれました。
「トモコはいいなあ、あんな素敵な幼なじみがいて」
私と富田林のことを羨ましがる友人も一人や二人ではありませんでした。
恐ろしいことに、私はそれらの積み重ねの果てに、富田林のことがだんだんまんざらではなくなってしまい、彼を受け入れるようになってしまいました。下手くそな漫画のような顔さえ、愛嬌があって可愛いと思うようになっていました。
それから五年の月日が流れました。
富田林は綺麗な夜景の見える高層タワーの最上階にあるレストランで、向かい合って座る私の前に四角い箱をそっと置きました。
テレビなどでよく見るその四角い箱は角がやや丸みを帯びていて、表面は手触りのいい高級そうなベルベット生地に覆われています。
「今まではっきりとしたことは何もせずにいたけど、これだけはちゃんとやっておこうと思って」
曲がった口で赤ワインを一気に飲み干し、気合を入れた富田林が、高さの違う目で私を真っ直ぐに見つめます。
私はにわかに緊張してきました。
これから富田林が私に何を言おうとしているのか、直感でわかってしまったからです。
その直感は、見事に当たりました。富田林は冗談のような顔で、でも彼なりには真剣な雰囲気を漂わせて言ったのです。
「結婚しよう、トモコ」
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