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目を開けば、水面を見上げていた。
きらきらと銀色に揺らめくそれがどうして頭上にあるのか、私にはわからなかったし、きっとXにも理解できなかっただろう。ほとんど反射的な行動だったのだろう、左の腕が頭上に伸ばされるけれど、水面には届かない。
それから一拍おいて、Xの視点が自分自身へと向けられる。水の中にあることを示すように空の右袖が揺らめいているけれど、不思議なことに呼吸には困らないらしく、水底に足をついたまま辺りを見渡す。
辺りは青に染められていたけれど、あちこちに瓦礫のようなものが転がっていて、その間から何かが見え隠れしている。Xは水底を蹴って、水の中らしいゆるやかな動きでそちらに近づいてみる、と。
瓦礫に隠れるようにして座っていたのは、一人の女だった。うっすらぼやける視界の中で、長い髪を水の中に揺らめかせ、じっとこちらを見つめているようだった。女の服装は胸元と下半身を覆う襤褸切れのみだった。Xは何かを語りかけようとしたが、声は水に遮られてくぐもった音になるだけで、はっきりとした「声」にはならない。
すると、女は音もなく立ち上がり、襤褸切れを揺らしながらXに近づいてくる。Xがその場に留まっていると、女はXの目の前にまでやってきた。切れ長の目にすっと通った鼻筋を持つ、綺麗な顔の女性だと思う。そうして観察をしている間にも女はXに向けて手を伸ばし、片方だけの腕を握りしめる。
Xが何事かを問いかけようとしたが、やはりそれは言葉にならず。
女はXの腕を握ったまま水底を蹴る。Xはただ、ただ、それに従うしかない。果たしてそれが正しい判断であるかはわからないままに。
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