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「モナカ、見てみろよ! 快晴だぞ!」
「風が強いから、窓は開けられないけどね」
よかった。
大好きなソファーの上。大きな窓から、大好きなお日さまが見える。
わかるんだ。私、もうお散歩には行けそうにない。
でもいいんだ。大好きなにいに達がいて。明るいお外が見られたから。
どうしたんだろ、にいに達。笑って? 昨日みたいに。
私は二人の手をなめた。
「おい‥‥‥笑えよ。モナカが心配してんじゃねぇか」
「兄貴だって‥‥‥人のこと言えないでしょ?」
しょうがないなぁ。立ち上がってしっぽを振ろうとした。あれ‥‥‥?
「無理すんな。な? 俺達、ちゃんと‥‥‥ちゃんと元気だから」
そう言うと、上のにいにが妙なダンスを始めた。
「ちょっ、何それ」
下のにいにがふきだす。ふたりともお顔ぐしゃぐしゃ‥‥‥。
でも楽しい。
よかった‥‥‥。
「忘れんなよ、大好きだぞ。俺達おまえがずっと大好きだぞ。くそ~っどっかの絵本みたいなことしか言えねぇ、くそ~ごめんなぁ~」
「大丈夫だよ。それが本当なんだから、大丈夫だよ。モナカ! 僕もおまえがずっと大好きだよ」
私の方こそ‥‥‥大好き! ガタンッ。え? なに?
「大丈夫。靴箱が倒れたんだ」
もう‥‥‥なんでこんな時に。
大丈夫だよ。大丈夫だからな。
二人のにいにが肩を組み、二人で私を抱きしめる。
にいに達、いいにおい。
うれしい、な‥‥‥。
風は一層激しくなり、家はガタガタと揺れる。俺達は暫くモナカを撫でていた。
「やっぱり悲しいよ‥‥‥。すぐに会えるのに」
「だな‥‥‥」
「モナカがあったかいうちに、早く終わらないかな」
「うん‥‥‥」
弟はたぶん、子供の頃、親父やお袋と一緒に観た時代劇を思い出している。
死んだ姫さんの手を握りながら乳母が言うんだ。
『ああ、姫様の手が温かいうちでなくては間に合わぬ。姫様が迷ってしまわれる。』
そう言って乳母は自刃する。
「大丈夫だよ。おまえナビ見んの得意じゃん。すぐ追いつくさ、俺もいるし」
「‥‥‥そうだね」
弟はやわらかく笑った。
「あのさ‥‥‥」
「ん?」
「兄貴、絵麻さんのところ、行かなくてよかったの?」
「ああそれな。ぶっちゃけて言うと、俺ら二人とも結局まだガキでさ。
どっちも最後は家族といたい。ってなっちゃったんだよな」
兄貴は恥ずかしそうに言った。僕はうれしかった。
「あの、あのさ、五丁目の、コンビニの店長いるだろ? あそこの奥さんさ、なんか常連だったお客さんのところに行っちゃったんだって。最後だから正直に生きるって」
「正直にねぇ。ま、あそこの店長ずいぶん偉そうだったしな。人前で平気でカミさんディスってさ。自業自得じゃね?」
そう言うと、兄貴はモナカに良くないからと、ずっとやめていたタバコに火をつけた。
「カミさんの行動が良かったかどうかは、向こうに行けばわかるってことで」
大きな揺れが来て、僕らは思わずソファーのモナカを庇う。
空からとも、地の底からとも特定できない轟音が響き渡り、
兄貴がモナカを毛布で包んだ。
窓が割れた。床が軋む。
「兄さん!」
「やっぱ俺も怖えわ~」
顔を引き攣らせて兄貴が笑う。
「モナカ、やっぱり先に行って良かったね。こんな思いしなくて」
「俺もそう思う。親父とお袋もな」
「だね」
モナカを真ん中に抱え、僕達は抱き合った。
「兄さん。いてくれて、今までありがとね」
「俺の方こそ、ありがとうな」
風がうねり、地面が砕け、めくれ上がった。
深く低い音に、何処からか高音が混じる。
僕達は三人で、この星最後の混声合唱を聴いた。
『ねぇ知ってる? ここ、昔、惑星があったんだって』
『すごく綺麗な星だったんだって』
『その星は生き物と一緒に、寿命で消滅したんだって』
その星の名前、ねぇ、覚えてる?
(完)
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