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いつ、指摘しようかと思っていた。
バーベキューのシメに、一色がオーブン鍋で作ったアップルパイ。その皮の欠片を上唇にちょんとつけたままの恋人に、注意してやらなければと。
そう思いつつ、俺自身がずっと誘われ、そそられていたわけで。指摘ついでにパイの皮に歯を当て、こそげ取るようにカリッとすることで、その場所を教えてやることにした。
仕上げにペロリと舐めておいたのは、単なる置き土産だ。
今から少し厳しい説教をしてしまうから、それと引き換えのようなものか。
「しかも、そんな無防備な可愛らしい笑み、プラス、間抜けなパイ唇のコラボなんて見せつけてきて。お前、どういうつもりだ? それを見たその他大勢の男どもが、こぞってお前によろめいたりしたら、どうする。もっと自覚を持て。馬鹿」
ずっと心にあったモヤモヤとイライラをたたみかけるような早口で言い放つと、丸く見開いていた相手の目がさらにまん丸くなった。
何を驚いてる。全く、どこまでも無自覚か。自分が人を惹きつけてやまない魅力を有していると、どうして気づかないんだ。
お前が、誰も彼もに開けっぴろげに接し、お日様のように無垢な笑みを惜しげもなく披露しているその陰で、俺がどれだけヤキモキしているか。想像すらしてないって顔だな。
先輩方からは可愛がられ、後輩からは慕われ、同級生たちからは、居ないと寂しいと言われる人気者。地味で冴えない俺とは真逆の、眩しい存在。
その恋人の周囲に寄ってくるヤツらに俺がどれほどの嫉妬心を抱いているか、何も気づいていない。
けど、今はいい。そんなことは説明不要だ。
「……んっ……これから、気をつける。ごめ……っぁ」
反論ありありな顔つきをしていたくせに俺が仕掛けたキスに応え、独占欲を受け入れる言葉をくれた。それでいい。
「そうしてくれ。気が気じゃない」
そんな可愛い恋人の腰を抱いてキスを繰り返すほうを俺は選ぶ。唇を離さずに、二階へと誘う。
常に皆の人気者のお前だけど、今から朝までは『俺だけの慎吾』になってもらう時間だ。
「はっ……土岐ぃ」
この腕に閉じ込め、こんな風に俺の名だけを呼ばせて、ずっと離さない。
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