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「浴衣、出せ。着せてやる」
「うん」
二階のゲストルームまで戻ってから、ようやく唇を離す。名残惜しいが、花火大会のための支度が先だ。
「ふっふーんっ。浴衣に、帯にぃ。あと、下駄ー。ほい、全部持ってきたよー」
溌剌とした動きでバッグから浴衣一式を取り出している横顔が、とても可愛い。全開の明るい笑顔なのに、さっきのキスの名残がそこに見えるからだ。
あどけない笑みを形作っている唇が、ぷるんっと艶めいて俺を再び誘っている。
が、さすがにこの段階でがっつくわけにはいかないから、武田に背を向けて自分のバッグに手を伸ばした。俺も身支度しなければ。
「……はっ! おおおお、思い出したっ!」
ん?
「何だ? 何を思い出したって?」
突然、背後であがった大声に振り向けば。
「なっ、なんでもねぇ! 大丈夫っ」
もう着替えるつもりだったんだろう、Tシャツを脱ぎ捨ててハーフパンツのみのスタイルになった武田が、両手を顔の前で交差させながら首を振っている。
「本当か?」
何もない、ようには見えないが。
「あっ、あの! 俺ってば、勢いよくズバッと脱いだものの、自分じゃ浴衣着られねぇこと、思い出したっつーか……うん、そう! そのこと思い出したんだよ。だから土岐。浴衣、着せてくんね?」
「……わかった。なら、ハーフパンツも脱げ」
今、冷静に答えられた自分を褒めてやろう。
キスの名残で、わずかに紅潮した頬。潤んだ瞳。ふにゃっと笑み崩れた、やや垂れ目の端整な容貌。晒された、日焼けした半裸。どれもこれもが俺のツボを刺激してくるのを、理性を総動員して堪えたのだから。
俺があてがう浴衣に照れながら袖を通す無防備な立ち姿に、眩暈がする。愛おしくて。
きっと、コイツは知らない。気づくことはないだろう。
努めて淡々と浴衣を着付けてやっている俺が、内心では、これを脱がせてやる時のことを考えていることを。
きっちりと、隙なく着付けてやったこれを俺の手で剥ぎ取る時の反応を楽しみに、今、口づけたい衝動を必死で抑え込んでいることを。
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