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「上がろうぜ、清里」
事務所でタイムカードを押しながら、幼馴染の水越が言った。朝から働き通しだった体が悲鳴を上げて、パイプ椅子から腰が上がらない。
「先、帰れよ」
「その年でもうご老体なの?」
「うるさい。そんなすぐ、おまえにみたいに動けるか」
「相変わらず体力ないねー。ま、『ホタルの夜会』の日に荷物を受けんなって感じだけど」
「一日でも配送を止めたら潰れるんだろ、この会社」
「その方がせいせいするってもんよ」
高校を卒業してから配送業一筋の水越が悪口を叩きながら俺の腕を引いた。この運送会社の社長はこいつの父親だ。無職でフラフラしていた俺を雇ってくれてから半年になる。
ひとり息子の水越はいずれこの会社を継ぐ。小学生の頃は俺の方が贅沢な暮らしをしていたのに、変われば変わるもんだ。
水越は自販機のボタンを押しながら言った。
「今年は誰と行くんだ?」
「行かないよ」
「またそんなこと言って。探しに行くんだろ、今年も」
水越の言葉に作業帽を握りつぶした。今年こそ行かないと心に誓うのに、日が暮れる頃になると心臓が疼きだす。水越はプルトップを開けると山の頂にかかり始めた夕陽を見て言った。
「おまえもいい加減、前に進んだ方がいいとは思うけどね」
「どういう意味だ」
「明里ちゃんよりいい女はこの世に掃いて捨てるほどいるってこと」
俺が睨むと「はいはい、そんな怖い顔すんなよ」とゴミ箱に空き缶を投げ捨てた。
「その気になったら女を紹介してやるよ。一生ならないと思うけど」
何が言いたいんだ、と歯がみをすると水越は軽トラに乗ってしまった。『ホタルの夜会』の日は夕方五時から交通規制がある。今乗せてもらわないと、十キロ離れた自宅まで徒歩で帰る羽目になるのだ。
「乗らないよな?」
「さっさと行け!」
水越はにやっと笑ってドアを閉めた。なんでもお見通しなのだ。自宅より事務所の方が夜会の会場に近いことや、俺が結局行ってしまうことも。
四年前、水越が『ホタルの夜会』で明里を見たと言った。少し痩せていたけれど変わらず澄ました横顔で、小さな男の子の手を引いていたと。
結婚したのかもしれないし、遠縁の親戚かもしれない。初めて会った時から明里は留守がちな母と二人暮らしで頼れる人はいなかったはずだ。
お互いの名前に「里」が入っているという理由で仲良くなった俺たちは十七の時に結ばれた。俺が明里の帰れる場所になるんだと誓った矢先、姿を消した。
水越が見たのは似た誰かだったのかもしれないのに、ホタルと明里の笑顔を思い出すたび俺はあの場所に足を運んでしまう。
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