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夕方の六時、日が陰り始めた土手を歩いていると何組ものカップルとすれ違った。
来瀬川には「渡れば大切な人に会える」という言い伝えがある。
明里がいなくなってすぐの頃、幸せそうに手をつなぐカップルを見ては、別れてから出直してこいと思ったものだが、今は何も感じない。
貿易商の成り上がり者として贅沢の限りを尽くした父が高校三年の春に亡くなり、俺と母の暮らしは地の底に落ちた。好景気の波に乗って一財産築いたと思っていた会社はふたを開ければ借金まみれで、母は多額の債務を背負った。
大金を湯水のように使うことに慣れた母が急に働けるわけもなく、豪邸を追い出され、街金の取り立てに恐怖する日々を送った。
人生なんて諦めるのは簡単なもので、明里を「薄汚い子」だと罵った母を見限り、古いアパートを借りてその日しのぎの仕事をしているうちに月日は過ぎた。
電気とガスが止まっても死にはしない。最低限の現金と日々を食いつなぐ仕事、夜に眠る家、それさえあれば生きていられた。
この『ホタルの夜会』がある限り、俺は死ぬことすらできないのだ。
夜七時になり、土手沿いの低木に提灯の明かりが灯った。ここ最近、土地開発が進んで上流域にも人口の光が見える。小さな町だから外から来た人間はすぐにわかるし、噂はすぐに広まりいつまでも燻る。
明里たちがいなくなったのは借金の末の夜逃げだとか、母親にタチの悪い男ができたとか、明里が妊娠したからだとか町の人間は囁きあった。俺はいちいち信じては落胆したり、子供は俺の子じゃないかとか探し回ったこともあった。
数年前に明里たちが住んでいたアパートが取り壊され、母娘がこの町で暮らした痕跡はなくなった。目まぐるしく町の様子が変わる中、彼女たちを記憶する人間も減っていく。「明里ちゃん」と呼ぶのは水越だけだし、今の彼女の姿なんて想像もできない。
長かった黒髪は切っただろうか、溌剌とした笑顔は残っているだろうか。それとも俺のように疲れた顔をしているだろうか。
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