消えないホタル

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 山に陽が沈み、町議員の長ったらしい挨拶が終わると提灯の火がひとつずつ消えていった。外から来た連中が歓声を上げる。「ホタルは大きな音を嫌います、静かにそっと鑑賞しましょう」というアナウンスそのものがうるさい中、俺は土手に腰をかけた。  カップルが熱心にツーショット写真を撮っている。照明をつけたらホタルが逃げるのに、と思いながらも懐かしさを抱いた。俺と明里も付き合い始めた頃、ここで写真を撮って怒られた。明里の笑いがはじけて「うるさい」と別の大人に叱られたっけ。  暗闇にぽつりぽつりと薄緑の光が灯り始めた。七日間で命を終えるというヒメボタルが無数の淡い光を明滅させる。散り散りだった光は徐々に呼応し始め、不思議なリズムを持って瞬きを繰り返す。  ここにいても過去を思い出すばかりだ。水越の言う通り前に進んだ方がいいのか。それは明里を忘れること、過去を捨てることだろうか。ホタルが命を終えて次の世代へ営みを託すように。  ジーンズについた土を払うと懐かしい香りが鼻先をかすめた。黒髪のすき間から漂う甘く爽やかな石鹸の香り。俺が恋しくてたまらなかったあの香り―― 「明里!」  すれ違った女性が振り返る。周囲の人間が怪訝そうな表情で見る中、一匹のホタルが彼女の前を横切っていった。  明里だった。セミロングヘアで耳にピアスの穴が空いているけれど、真っすぐな眼差しは彼女に違いなかった。 「清……里?」 「今までどこにいたんだ! 散々探したのに見つけられなくて」  言い終わらないうちに彼女は土手を走り出した。俺はカメラを構えた集団を押しのけて後を追う。  薄暗く砂利の敷き詰められた悪路を必死になって走った。今逃したら二度と会えないかもしれない。突然姿を消したあの頃のような思いをするのはもう嫌だ。  山道の入り口に差しかかったところで明里の腕をつかんだ。細い肩が上下し、ぜえぜえと呼吸する音が聞こえる。両肩をつかんで無理やり振り向かせると彼女は困ったように眉を下げた。
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