第1話 かかりつけ

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第1話 かかりつけ

 最悪だ。最悪な気分だ。微妙にダルいから医者にかかってみれば、何やらアレコレと検査されてしまい、挙句の果てに待合室でめっちゃ待たされてる。  もしかして風邪とは違うのか。知らないうちに重大な病気でも患ってしまったのか。不安は募る一方で、テレビに映る食レポだとか通販だとかが全く頭に入ってこない。 「堂島さん、堂島スドウさん。1番へどうぞーー」  いよいよお呼びがかかる。緊張から足を引きずって診察室に向かえば、厳しい顔色の医者が出迎えてくれた。 「検査お疲れさまでした。どうぞお掛けください」 「は、はい。あの、オレって何か重い病気にかかってるんですか?」 「落ち着いて聞いてくださいね。アナタは、急性白血球胃腸慢性脈拍異常です」 「え、え?」 「聞き取れなかったかな。もう1度言いますよ、急性胃腸脈拍慢性的脈拍異常です」 「病名変わってませんか? 脈拍2回言ってるし」 「変わってないですよ、失敬な。こんな病名を言うだなんて医学界では挨拶代わりみたいなものですからね」 「滑舌悪いお医者さんは大変ですね」 「さて、この後天性胃腸炎醜男十二支突発型脈拍異常なのですが……」 「だから変わってる! しかも醜男って言った!」 「静かにしてください。ここは病院ですよ」 「あっ、すみません」 「それでこの病気の説明をしますと……」 「先生、そのカルテ別の人ですよ」  颯爽と現れた看護師が医者の手元で取り替えた。おい、まさかとは思うが。 「別の人の話……ですか?」 「そんな事ありませんよ。ずっとアナタの話をしてます、城島さん」 「堂島です」 「今日の検査で色々分かりました。順を追ってお話しますよ道祖神さん」 「堂島です」 「ええとまずブサイク、とても見れたもんじゃない。カップ麺食い過ぎ、だから肌荒れもヤバい。それに貧乏で安月給にも程がありますね、これは速やかに改善しましょう」 「もしかして喧嘩売ってます?」 「あと癌でした」 「だから喧嘩を……って、えぇ! オレ癌なの!?」 「そう言ったじゃないですか。聞こえませんでした?」 「聞き取れたっつの! 最後にドリンクバー頼むノリで言うから聞き返しただけだ!」 「まぁクヨクヨ悩んでも仕方ありません。我々が全力でサポートしますので、頑張って戦いましょうジョージマルチネスさん」 「だから名前! 何回言えば覚えんだよ!」 「うるさいな、私は忙しいんだ。興味の無い事は一文字すらも覚えたくないんだよ」 「オレの事はいいから仕事には興味持てよ」 「じゃあ薬を出しますんで、今日はさっさと帰ってください」 「ハァ、癌だなんて……まだまだ若いのに」 「咳止め、痰切り、解熱剤。あと念の為に抗生物質も」 「いや風邪じゃねぇんだよ! 抗がん剤とか寄越せよ!」 「そりゃそうでしょ。だってアナタはただの風邪なんだから」 「えっ。でもさっきは癌って……」 「あのね、さっきも言ったけど、我々は本当に忙しいんだ。朝から晩まで病める人々に寄り添い、毎日懸命な治療を施しても、患者は減るどころか増える一方。全く手が足りていない状況なんだ」 「まぁ、お医者さんは大変だって聞くけど」 「そんな中、ちょっと体調悪いくらいで医者にかかるだなんて許されるのか? もう1日くらい様子見ようとは思わなかったのか? こうしてる間にも世の中には重病に苦しむ人が大勢居るんだよ!」 「あっ、すみません。気だるいくらいで病院来ちゃって。つまりアナタは、オレを脅かす事で態度を改めさせようと……」 「なんかムカついたから死んじまえって思った。あと好きなだけ暴言も吐きたかった」 「あれ? 良い話じゃなかったぞ」 「そんじゃ薬受け取って、精算したら帰ってくれ。お大事にどうぞ」 「言われなくても帰りますよ、まったく……!」  診察室から飛び出して、待合室のソファに腰を降ろす。あまりの出来事に、この頃にはもう気怠さなんか忘れてしまっていた。 「まぁ、結果オーライってやつなのか?」  ただの風邪で良かった。認めるのはシャクだけど、言葉巧みに治療を施すなんて、あの人も名医だったのかもしれない。丁度かかりつけの医者も居ないことだし、これも何かの縁と捉えるべきなのかな。  そんな事を思い浮かべる程度には、心身も落ち着きを取り戻した。 「堂島さん、堂島スドウさーーん」  受付の呼ぶ声だ。薬の説明を簡単に受け、保険証の返却とともに精算が始まる。 「ええと、本日のお会計は1万3千円になります」 「たけぇっ! なんでそんな高額なんですか、もしかして特別な検査でもしちゃいました!?」 「いえ、保険適用外の『くたびれた医師による罵り』を施術しましたので」 「なんだそうでしたかアッハッハ、二度と来ねぇよッ!」 ー終ー
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