擬似恋愛中毒

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「先輩!」  後輩の子の声に反応して目を上げると、マネージャーや関係者にぐるりと囲まれた俺、”浅霧 祐也”が、会場に姿を見せた。  その途端、耳の奥の方が、きゅっ、と音を立てて、心拍数が上がる。  「痩せても枯れても⋯⋯ですね。やっぱり芸能人って、間近で見るとオーラがすごい」  緊張で彼女の表情が強ばっているのが、顔の筋肉の動きで分かる。それから、目線だけ”俺”の姿を追い続ける。  しかし次の瞬間、こちらに向いた”俺”が目を合わせて微笑んだ。その衝撃に、卒倒しそうになるのを、必死に踏ん張ってこらえる。  そうか。ファンっていつも、こんな気持ちなんだな。これまで、ファンの身になって考えることなど一度もなかった。好き勝手放題にSNSで発信しまくる身勝手なファンの存在を、疎ましく思ったことは山ほどあったが。  ”俺”がこちらへ近づいてくる。  胸の高鳴りが、さらに激しさを増す。 「関係者の方ですか?」  ”俺”が、彼女に声を掛けた。  美人を見掛けると、だれかれ構わず声を掛ける習慣がついているからだ。 「あっ⋯⋯初めまして。今回の映画の宣伝に関わらせて頂いています、アトミックの山下と申します」 「あぁ、広報さん」 「本日の舞台挨拶の担当をしております」 「そうなんだ。山下さん、よろしくね。でもさ、俺たち、前にも会ったことあるよね?」   ”俺”から手を差し出され、握手をした。  自分の手と握手するなんて妙な気分だ。  狙った女性には、積極的にボディタッチするタチだから、彼女はかなりの俺好みだったのかもしれない。  バニラに似た甘い香りが、緊張して熱くなった彼女の身体から、フワッと香った。 
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