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「お嬢様。本当に宜しいのですか」
「何が?」
「解っておいででしょうに」
「セリも解っていて言ってるのでしょうに」
「……表を見てきますね」
「ええ」
そろそろ刻限か。嫌だが王命だ。逆らうわけにはいかない。渋々表を回って俺は正門へ辿り着いた。門番に声を掛ければ通される。ゆっくりと歩いていると前から侍女らしき女が足早にやって来た。
「デイル男爵令息様でしょうか」
この声はさっきまで聞いていた女の声だな。
「ああ」
「お嬢様がお待ちです。どうぞこちらへ」
ニコリともしない侍女に案内されて屋敷の中は通らず、庭へと案内される。位置的にさっきの裏手の方か。庭の中にガゼボがあるのか、と少し驚いた。そのガゼボで悪女メルフィーがニコリともしないで待っていた。
「ようこそ、デイル様」
何の感情も浮かんでない歓迎の言葉。そっちがその態度ならこっちも別に態度を良くする必要も無い、と思って何の挨拶もしなかった。
その事に悪女も何も言わない。ただお茶と菓子だけ供されるが……この茶と菓子食えんのか? 変なモン入ってないだろうな、と警戒してしまう。
「毒など入っておりませんから」
俺の躊躇に気づいたように悪女が言う。毒入りかよっ。絶対口にしない!
俺が尚も口にしない事に悪女は呆れたのか溜め息を吐き出して、けれど何も言わなかった。ただ無言で時間だけが過ぎていく。一体どのくらい時間が経てば帰って良いのだろうか。
「セリ。そろそろ?」
「大丈夫でございましょう」
「そう。……デイル様本日はありがとうございました。また1ヶ月後に」
体感的には5時間くらい過ぎた感覚だったが、どのくらいか時間が過ぎた頃、悪女が侍女に尋ねて侍女が頷いた所で茶会が終了になった。俺は只管無言だったし、苦痛だった。帰りながら裏手に回って悪女が俺の悪口をどう言うのか聞いてから帰ってやろう、と思う。その悪口を次回の茶会とやらにぶちまけてみよう、と企みながら。
「……お疲れ様でした、お嬢様」
「いえ。別に私は疲れていないわ。デイル様の方がお疲れだったと思うわよ」
「それにしても随分と失礼な男でしたね。仮にも男爵家の令息でしょうに」
「仮に、じゃなくて、きちんとした男爵令息よ。まぁ仕方ないわ。デイル様は私がお嫌いなのだから」
「ですが」
「彼はウィリティナ様がお好きだったようなのよ」
げっ。
悪女のくせになんで気付いた⁉︎
「そうですか」
「彼のウィリティナ様を見つめる目には覚えがあるもの」
「……お嬢様がサーベル殿下を想っていた時のような?」
「……ええ。サーベル様とは、とても仲が良かったの。セリも知っているでしょう? だけど学園に入ってウィリティナ様と出会われて変わられてしまった」
「信じられないですよ。婚約者をほったらかしにして他の女に夢中になって。殿下の誕生日にはお嬢様はプレゼントを携えて会いに行かれたというのに、お嬢様の誕生日にプレゼントも無ければ会いにも来ない。月に1度のお茶会もお嬢様は待ちぼうけ。辛うじて公務でご一緒になる程度とは……」
「仕方ないわ。結局、王命で結ばれた婚約だったのだもの」
「ですが! お嬢様はあんなにも殿下をお慕いしていたではないですか! それなのにっ」
「それも仕方ないわ。人の心はどうしようもないのだもの」
「だからと言って婚約者を蔑ろにして言い訳では有りません! 殿下はご自分が女に夢中になって王命を疎かにしている愚か者、という噂を耳にされた事がないのでしょうか! ……もしやお嬢様がお耳に入れないよう、取り計らっていらっしゃった?」
俺は、ざまぁみろ、と思って聞いていた。誕生日にプレゼントももらえない、哀れな女だって。悪女だから当然の仕打ちだ、と。だが、王命を疎かにしている愚か者という噂が流れていた、と聞いてぞっとする。
確かにそうだ。
1ヶ月前の陛下からの叱責を思い出す。陛下より偉くなったのか、という一言が耳に蘇る。
そして、悪女が黙った事に、サーベル王太子殿下の耳にそういった噂が入らないように取り計らっていた事を知る。
それは、サーベル王太子殿下が好きだったから?
好きな男の悪い噂が届かないよう、必死だった……?
これ以上はこの場に居られなくて帰宅するべく足を動かす。また侍女が悪女に何かを言っている声が聞こえてきたが、耳を澄ませて聞く気には、何故かなれなかった。同時に何故か少しだけ胸が痛む気がした。
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