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「セリ……」
「あのバカ王子をまだそんなにも愛していらっしゃるのですか」
「バカ王子なんて……あなたがそれを言ってはダメよ。そうでしょう?」
「いいえ、私はお嬢様に忠誠を誓いました。ですから構いません」
「そんなの、国王陛下も王妃陛下もお許しにならないわ……。あなた、私付きの監視ではないの」
「……構いません」
「ありがとう、セリ。解っていたのよ。殿下が私を愛していない事くらい。それでも積み重ねて来た時間があったから。その分くらいは想ってもらえるとは思っていたのに。行方不明になったウィリティナ様を私が拐ったと思うなんて」
「本当に愚かですよね。護衛も付いている上に警備が手厚い城だというのに」
「それだけウィリティナ様を愛していらっしゃるのよ。だって、あの方、私が誘拐されそうになった時でさえ、あんなに取り乱しはしなかったのよ?」
「……そう、で、ございましたね。あれはお嬢様が12歳の時でしたか」
「ええ。結局あなたが助けてくれて未遂で済んだ。でも心配はしてくれたけど取り乱す事なんてなかったわ。それなのに今回は……」
「お嬢様、それでもあの男を愛していらっしゃるのですね」
「ふふ。私も愚かなのよ。恋をしたら辛くなる、と王太子妃教育で言われていたのにね」
「お嬢様……」
「セリ。この件について、情報を集めて頂戴。ウィリティナ様を見つけます」
「お嬢様、それは」
「なぁに?」
「お嬢様がご自分で仰ったではないですか。護衛が付いている、と」
ずっと会話を聞いていた俺の耳に初めて沈黙が届いた。悪女、は、昔、拐われそうになった? それは王太子殿下の婚約者だった、から? いや、だからと言ってそれがなんだと……悪女は悪女だ。
「まさか……」
ポツリと呟いた悪女の声が耳に届いて慌てて意識を集中させる。
「おそらくは」
「そんな、まだ3ヶ月程よ? たったそれだけしか過ぎてないのに」
「ですが、それくらいしか考えられません」
「でも護衛が」
「護衛の任を与えられた者が共に行方不明になっているなら、拐われた可能性もあるでしょうが、護衛が城に居るならば、間違いなく」
「逃げた、と?」
「ええ。監視兼護衛は国王陛下の意思を尊重するものです。故に対象に何かあれば守るのは当然。しかもウィリティナという娘は婚約者候補として王太子妃教育後の王妃教育の礎となる公爵令嬢並の教育を城で受けていらしたはずです。寝泊りも城だった。その城で行方不明など誰かの助けが無い限り有り得ない。あの娘が王妃になる事を許せない反対派ならば躊躇なく命を奪っている。拐うなんて手間のかかる事はしません。お嬢様も何度お命を狙われたか覚えていらっしゃるでしょう」
「それはそう、だけど。でも、彼女が城から……王太子妃教育から逃げ出すなんて国王陛下か王妃陛下がお許しにならなくては……」
「お許しになられたのでしょうね。もしくは護衛の勝手な判断か。クビになっても構わないから、いえ罰を与えられてもいいから、逃したのかもしれません。護衛の考えは分かりませんけれども」
「そんな! それでは殿下が王位継承権剥奪の上、下手をすれば王族の地位も剥奪の憂き目に遭ってしまうわ!」
「……その可能性も」
「……っ。1年耐えてくれさえすればっ」
「お嬢様、逃げましょう。あなた様が犠牲になる必要など何処にもないでしょう」
1年耐えるとは、なんだ?
良く分からないが、ウィリティナは無事のようだ、多分。
「……いいえ。言ったでしょう? 私も愚かなのよ。愚かにも殿下を恋慕っているの。だから、いいのよ」
「そんなっ。そこまでお嬢様が尽くす必要などっ」
「いいの。ねぇセリ。お願いがあるの。我儘だけど、さいごまであなたに側に居て欲しいわ。良いかしら?」
「お嬢様……」
そこから先はもう何も聞こえなかった。
この場に居続けても仕方ない。
悪女の予想通りとは思えないが、現状、ウィリティナの行く所など解らないから、家に帰る事にした。
きっと、サーベル殿下が見つけてくれるはずだ。
ウィリティナが逃げたなんて、きっと嘘だ。だってウィリティナはサーベル殿下と結婚したい、とサーベル殿下も結婚する、と言っていたのだから。
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