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突然、意識が戻ってきた。
でも、まぶたを開けることができなくて、暗闇は続いていた。力という力が身体から抜けてしまって、指一本動かすこともできない。
意識を失う前まで、体内のあらゆる場所を駆け巡っていた猛烈な痛みは、いつのまにかほとんど消えていた。薬が効いているのかとも思ったけれど、モルヒネ特有のしびれるような眠気はない。意識はあるのに、身体はひたすら黙りこんでいた。
そこでようやく悟った。私の命は、いま尽きようとしている。
死に瀕しても、筋力を必要としない聴覚だけは十分に保たれると聞いていたが、それは本当だった。
「もう時間ない感じだね。喘鳴が大きい。まだご家族は来ないの?」
「それが……連絡がつかないんです」
「家族って娘さんだけ、なんだっけ」
「はい」
「職場にも電話してみて」
おそらく主治医と思われる男の声と、ベテランの看護師とのやりとりが鮮明に聞こえる。ベッドサイドモニターの機械音と、廊下を急いで走ってゆくスリッパ、カートに運ばれる食器の揺れる音も耳に飛び込んできた。面会者だろうか、コツコツと階段を上る革靴が遠く響いている。
医者と看護師が去った後、しばらく耳を澄ませていたが、希海が訪れる気配はなかった。おそらく、娘は私に愛想を尽かしてしまったのだろう。聞こえるのは、私ではない誰かを訪ねてきた革靴の音だけだった。
今まで、希海とは唯一の家族としてうまく接してきたつもりだった。しかし、毎日続く激痛で精神が干上がっていたあの日、心の奥底に沈んでいた言葉が露出して、口からこぼれ出てしまった。
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