2人が本棚に入れています
本棚に追加
*
闇の中に、人生のあらゆる場面が鮮やかな色彩とともに浮かび上がっては消えていく。これが走馬灯というものなのだろう。
呼吸が荒くなり、のどがぜろぜろと鳴るのが聞こえる。いよいよ、私の命の灯が消える時間が来たのだと思った。
自分の生き方に疑問を抱いたまま、たった一人の肉親にも会えないまま死ぬ。
そのとき、ゆっくりとした足取りで誰かが私の病室に入ってきた。希海ではない。瀕死の母親に駆け寄ってくるにはあまりにも悠長すぎたし、デザイナーの彼女が履くはずのない硬い革靴の音だった。
「こんにちは、まだ聞こえていますね」
地の底から響くような、低い男の声だった。耳元から30センチくらいの近いところから話しかけてきた。誰だろう。主治医でも、知っている看護師でもなかった。
「単刀直入に言うと私は死の使いです。死神と言ってもいいです。あなたは、あと十三分後に死にます」
――なに……、死神?
「そう、死神です」
まずい、今際の際だというのに変質者が病室に入ってきてしまった。いつもは廊下を看護師がせわしなく行き交っているのに、こんなときに限って誰も通らない。ナースコールを押そうにも、もう身体が動かない。どうしよう。
「落ち着いてください、私は変質者ではございません。それに、今は人払いをしているので、ナースコールを押せたとしても私のほかに誰も来ません」
――希海、希海、早く来て。
最初のコメントを投稿しよう!