魂ポイント

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「お母さん! お母さん!」  希海の声だった。彼女の足音に続いて、歩幅が広めのスリッパの音が入室し、その二人に遅れて医者と看護師の話し声が廊下から聞こえてきた。 「お母さん、聞こえる? 私、結婚を決めたの。彼、バツイチで10歳も上だから、紹介するのを戸惑っていたんだけど、ようやくお互いに決心したの」 「聞こえていらっしゃいますか。初めまして、私、鹿島誠一と申します。希海さんが言った通り、バツイチで8歳の連れ子もいます。だから迷っていたんですが、二人で決めました。結婚させてください」  興奮しきった希海の甲高い声と、少し鼻にかかる気の優しそうな男性の声が耳元で重なった。彼らの言葉はとても大きくて、鋭敏になっていた私の耳には騒々しすぎた。 ――うるさいなあ、うるさいよ。相変わらずあんたは……もう。  目が熱くなって、自分の目じりからほっそりとした涙がこぼれるのを感じる。 「お母さん、お母さん……」  希海が私の手を握って、胸元に顔をうずめた。希海が幼い頃、いとおしくて仕方なくて、「苦しいよ」と言われるまで抱きしめた記憶がよみがえった。  そういえば、願ってもいないのに希海が病室に現れた。まさか、死神は私の意思を曲解して、別の願いを叶えたのだろうか。 「いいえ。娘さんは、あなたの死に目に会えないという運命を覆して、私の人払いのおまじないも突破してきたのです。すばらしい魂の持ち主ですね」  いつの間にか死神は希海と鹿島がいる反対側に移動していた。どうやら、その姿は娘たちには見えないらしい。 「そろそろ、ご案内します」  死神はそう言って私のもう一方の手を取った。すると希海の嗚咽(おえつ)と彼女の頭の重みが急に遠くなり、まぶた越しにうっすら透過していた蛍光灯の光も、徐々に減退していった。  やがて、私を包んでいた体温もじわじわと下がっていき、完全な暗闇が訪れた。
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