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イマジナリー
「あー母さんまたいってるよ。私そんなんじゃないよ。恥ずかしい」
「なにいってるのよ、あなたは自慢の娘なんだから。いってらっしゃい」
鬼灯の奇奇怪怪な姿をレポートするように、口を開くたびに褒め言葉が出てくる。そんなに毎日いわれるとさすがに心配になってしまう。
父さんは母さんが妊娠したと分かるとどこかへ姿をくらませたらしく、今では連絡先すら知らない。
そう私、山鬼ゆりは偶然の産物なのだ。
しかし母さんは女手ひとつで私を育ててくれた。それゆえ寂しさを覆い隠すように“それ”が膨れ上がったのだろう。
「いってきます」
今日は待ちに待った体育祭。高校三年の私たちにとって学校生活のラストともいえる大イベント。まあ私は裏方なんだけどね。
クラスの代表とその応援で駆けつける女子生徒が集まってくる。
「ビブスを着て整列してください。それでは第一試合を始めます」
黄色い声援。
カラフルなビブス。
青春のクラスTシャツ。
それはパンジーを使ったガーデニングのように艶やかでそれぞれの個性が出ていた。
私はステージ上からそれを眺めて淡々と仕事をする。こういう雰囲気に馴染めないのは今に始まったことじゃない。私はそれでいいのだ。
『……はとてもいい子だね。母さんの自慢の娘だわ』
『母さん母さん、こっち見て綺麗なユリが咲いてるよ。ねぇ母さんーー』
はっと目が覚めた私は泣いていた。教室に戻ったところまでは記憶がある。疲れて寝てしまったのか。外を眺めるとすでに夕暮れになっており、断片的な夢は涙とともに消えていく。
窓を開けると風と野球部の掛け声が入ってくる。私は窓のふちにひじをついて、こんなイベントの日でも練習するんだなと他人行儀でいた。ひとり孤独を感じるくらいなら帰ろうと思ったときーー
「ゆりちゃん見っけ!」
唐突に顔をくっつけてきたのは私の親友、たけちゃんだ。心の底から明るくまさに純粋という言葉がふさわしい子だ。
抱きついているたけちゃんに恥ずかしく思うも満更でもない私。
しばらくするとたけちゃんは少し離れ、後ろを向いてコソコソし始めた。
「頑張ったゆりちゃんにご褒美だよ」
そういうと手に持ったなにかを教室にばら撒いた。赤色、青色、黄色。花びらのように舞い落ちていく。腕を目一杯に広げ嬉しそうに笑う彼女は花園で無邪気に遊ぶ妖精のようで、私も焦燥感もどこかにいってしまった。
たけちゃんの魔法を拾い上げるとそれはチョコレートだった。よくスーパーで売っている一口サイズのそれ。
「ゆりちゃんチョコ好きでしょ。それにポテチも用意しました。一緒に食べよ」
真っ直ぐな子。そんな彼女に救われたのはこれが初めてではない。この子と出会えて良かったと改めて思う。
私の心が季節外れになっているのも露知らず、たけちゃんは自分がばら撒いたチョコレートを一生懸命拾っている。私は嬉しいため息をついて一緒に放課後を楽しむことにした。
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