開園

2/2
前へ
/20ページ
次へ
この話の始まりは、私たちが信愛する一人のヴァンパイア。いつも目を真っ赤にして怒りを周囲に散らす怒りん坊。 いえいえ、その方はあなた様が考えるようなお子様ではありません。 私たちよりも遥かに永い年月を生きる、壮年の吸血鬼でございます。 血気盛んで、毎晩紳士淑女の甘く濃厚な血を求めて 「ひらり」 と、毎晩夜空を渡り歩く。そんな吸血鬼だったらどれ程おそれられたでしょうか。 あいにく、彼の好物は想いを寄せるただ一人。彼の人に出会うまでは、それはそれは退屈な日々を送っていたようでございます。 バラに口付けては枯らす毎日。おや、どうしましたか。そんなに頬を染めて。 ああ、典型的な吸血鬼を想像したのですね。 流れる金髪にワインを注いだ紅い瞳。整った美貌に、林檎の様に真っ赤な唇をより引き立てる白皙の肌。ぺろりと舌で尖った歯をなぞる。暗闇にひかるは一対の紅玉。 こんなところでしょうか。 ゾクゾクしますね。 ところで、そんな吸血鬼は何処のどなたでしょうか。 つまり、そんな吸血鬼はただの想像のイメージだということです。 もしかしたら実際にいるかもしれませんが、ほら。あなた様の目の前にいる吸血鬼はどう見えますか? ええ。私、しがない吸血鬼の庭師でございます。お見知りおきを。 さて。 話は私ではなく彼の話でございます。 彼は艶やかな黒髪にすらりと伸びた手足。森で狩りをする為に鍛えられたしなやかな筋肉。そして、日光に愛されたかの様な浅黒い肌をお持ちです。 どうです。イメージとは真逆でしょう。 ですが、それが私の最後に見た彼の姿なのです。 幼い私を拾い上げてくださった彼は、かつての姿と名前を引き換えにして私たちの前から姿を消しました。まるで、霧に隠れたかのように。 これは彼の話。 今はグレイと呼ばれる、ただ一人のヴァンパイアの話。 消えてしまった恋の話で、ございます。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加