ミスター・グレイ

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ミスター・グレイ

彼がいつ、どこで、どのようにして生まれたのか。私はもとより他の吸血鬼たちは誰も知り得ません。 それは、彼が自らの意志でそうしたからに他ならないのです。 ほら。彼は誰よりも「吸血鬼らしい」でしょう? 霧に隠れて姿をくらます。 夜の闇に紛れて神出鬼没。 どちらも、光の下に身を置かないで、自分という存在を他者に見せない。だけど、存在を強く刷り込むという「吸血鬼」の気質でございます。 もちろん、 「そんなこと、私には関係ないわ」 というお構いなしの吸血鬼もございます。私の仕えるお嬢様のように。 しかし、少なくとも彼の性質はまさに。 「吸血鬼」そのもの。 彼について、まず一つ話をしておきましょうか。これは私たち「吸血鬼」という種族全体に関係する話でもあります。 彼はとにかく人を嫌います。 何が彼からそれほど怒りを買っているのか、本人すら理解していません。 なにを笑っているのですか。彼が人を恐れていると? 私たち吸血鬼がお前たちを恐れていると? ふざけるな。 ならばお前は夜の森を歩けるのか。夜の町すら、クローゼットの奥の暗闇にさえ怯える弱い種族に私たちが恐れを抱くと? 私たち吸血鬼という種族は、どの種族よりも「人」に溶け込むことに秀でている。この意味が解るか。 愚かな人どもよ。覚えておくがいい。 お前たちは所詮、「メニュー」の一つに過ぎないのだ。それも三流、四流の。 精々怯えて暮らすがよい。 吸血鬼に血を啜られ、獣に肉を剥ぎ取られ、人魚に呼吸を奪われ、魔女に骨をしゃぶられる。 たかが数年の命。その時間を如何に使うか、精々その小さき頭で考えるがよい。そして、命の灯火が消え逝く時、お前たちは這いつくばって命乞いをするのだ。この夜空に輝く月へと。 こほん。 失礼。 彼が人を嫌うのにはもちろん理由があります。(めき) しかし私も詳しくは知らないのです。(ぐき) だって、嫌いになった根本など最早星の海の彼方。(ぶち) 遥か昔のことなのですよ。おっと、失礼。(べろ) 吸血鬼の寿命は本当に長いものです。他の種族と比べても、ね。(ぐちゅ) その中でも更に壮年と言ってしまうと、もう、何年生きているのかさえわかりません。本人が数えているのならば「How old are you?」の質問もできるのでしょうが。(ずる) まあ、数えることなど無意味でしょう。(がぶ) 体が成長してしまえば後はずっと同じ見た目。不老の民である吸血鬼は、ふふっ、年齢不詳の代表格とも呼ばれるのでしょう? (がり) さて、勇敢なあなたに褒美をあげましょう。 愚かにも一人の吸血鬼の怒りを買った友人が目の前で食べられるのを見ても尚、そこにお座りになられ、私の話を聞き続けるその度胸。感服いたします。 そんなあなたに、吸血鬼と人の見分け方を教えようじゃありませんか。 いえいえ、始めから話そうとしていたではないかだなんて。 バレてしまっては仕方ありませんね。褒美はこちらのシフォンケーキでお許しくださいな。ハーブを混ぜ込んだ特製のレシピでございます。
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