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翌日、怜には迎えに行けなかったことを謝り、一週間の休暇を取ってもらうことにした。本当は治るまで、と言いたいところだがスタッフが基本二人しかいない以上、それ以上は厳しい。
定休日が明けて翌日、侑里は一人で店を開けた。以前よりも少しずつ客は戻ってきたものの、まだ多くはない。今スタッフが自分しかいないことを告げて待ってもらえばなんとか廻せるだろうと思ったのだ。
開店準備を一人で終わらせ、いつもより一時間遅い十一時にドアの鍵を開け、メニューボードを置くと、そこに、侑里、と声が掛かる。聞き覚えのある声に嫌な予感を抱きながら振り返ると、こちらに向かって歩いてくる景がいた。正直、今は会いたくなかった。
「……仕事は? 景」
平日のこの時間にこんなところにいるような仕事ではない。侑里が聞くと、休み取った、と笑って景が近づく。
「休みって……どうして?」
「怜、いないんだろ? 俺が穴埋めるよ」
「え、いや、無理!」
景と働くなんて無理だ。今でも心の中の自分は失恋の傷を痛がって泣いているのだ。こうやって話すのだって精一杯なのに同じ空間に長い時間一緒になんていられない。
「無理ってなんだよ。俺のことみくびってるだろ」
「そうじゃないけど……一昨日も怜のこと頼んじゃったし、そんな迷惑かけるわけには……」
侑里が言うと、あーホント大変だった、と景が眉根を寄せた。
「お前が来ないって知って、あいつむくれてさ。何を期待してたのかすげー楽しみにしてたみたいだよ、お前が来るの」
「そう、かな? 昨日電話した時はそんなふうじゃなかったけど……」
どちらかといえば自分の失態をずっと謝っていた。すぐに治すと繰り返して最後は松葉杖で接客すると言いだしたので丁重に断った。
「そりゃあな、お前相手だから。で、何から始める?」
「あ、いや、だからいいって。仕事あるだろ?」
「有給一週間貰ってきた」
景がにっこりと微笑む。その言葉に侑里は驚いて、え、と聞き返す。
「まあパートさんには文句言われたけど。とりあえずこの時間までに仕事片付けてきたから大丈夫」
「大丈夫って……でも、正直今赤字でバイト代出せない」
「いらないって。金貰うほど役には立てないし。でもとりあえず店のメニューとかテーブル番号とかは分かってるし一人よりいいと思うよ」
常連ですから、と言われ、侑里は、そうだけど、と眉を下げた。景と一週間も一緒に居るなんて耐えられるかわからない。きっと見惚れてしまうし、更に好きになってしまうかもしれない。それよりも、好きと言ってしまうかもしれない。それが怖い。
「それにさ、怜が事故ったの、俺にもちょっと責任あるんだよな……」
景が小さくそう言う。やっぱりあの夜、二人は一緒に居たんだ――そして助けてやれなかったことを悔いている。その罪滅ぼしでもあるというなら、侑里が拒む理由はなくなってしまった。景がこの話をしているのは侑里のためではない。
ひどく胸は痛んだが、店のため、オーナーとして侑里は判断した。
「よろしく、お願いします……!」
侑里が深く頭を下げる。それを見た景がすっとしゃがみ込んだ。視界に景の顔が入る。
「俺にもできることをしてやりたいだけ。そんな畏まらなくていい」
頭上げな、と言われ侑里は正面に向き直った。景も立ち上がり頷く。
「じゃあ、エプロン、キッチンの奥のロッカーにあるから……」
着替えて、と侑里が言うと、了解オーナー、と笑って景は少し早足で店の中へと入っていった。
「……どうしよう……」
景と二人きりで一週間。せっかく恋を捨てて仕事に生きると決めたのに、これでは嫌でも景を想ってしまう。だって、景と一緒に働けると思っただけで、こんなにも心が喜んでいる。けれど、この喜びを表に出すわけにはいかないのだ。そう思うと、それだけで苦しかった。このままじゃ店の前に自分が潰れてしまうのではと思う侑里だった。
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