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 翌日は、怜も例のストーカーを見なかったようで、今日の帰りは一人で大丈夫ですから、と念を押していたが、珍しく景は午後九時を過ぎても現れなかった。 「……宮咲さん、来ないですね」 「そうだな。気になるか?」 「ぜんっぜん! むしろ侑里さんと二人きりで幸せです」  怜の言葉に、何言ってるんだか、と侑里が笑う。ふと、ドアの方を見てみるが、来るような気配はなかった。 「昨日……景と何かあった?」 「いえ、何も……ずっと侑里さんの話してました」  怜の答えに、何だよそれ、と侑里が笑う。 「オレが仕事中の侑里さんがいかにカッコいいかを話す代わりに、宮咲さんには高校のころの侑里さんの話をしてもらったんです。侑里さん、メイドカフェやったんですって?」  怜に聞かれ、侑里は驚いて、それから当時を思い出して赤くなる。  確かに二年の時の文化祭でメイドの格好をしたし、人気投票で一位もとった。  そしてその後景と会って、言わずもがな脱がされたところまで思い出してしまい、侑里は軽く頭を振る。 「まあ……そんなこともあったかな」 「写真とかないんですか?」 「ないよ……少し早いけど、閉めようか、怜」  このままじゃまた変な事を思い出してしまいそうで、侑里は無理に話題を切り替えた。 「え、待たないんですか?」 怜と何かあったわけではないのなら、昨日の自分との事が原因で顔を見せないのだろう。後悔しているのか、自分と怜に悪いとでも思っているのか。 「いいよ。片付けよう」  侑里がそう言った時だった。店のドアが開き、怜がそれに反応する。 「いらっしゃいませ……あれ? センセイ?」  その声に侑里も怜の後に続く。そこには息を切らせた久一の姿があった。 「ひーさん? どしたの? こんな時間に」  侑里が近づいて聞くが、店内を見渡して誰もいないことを確認すると、ここじゃないか、と小さく呟く。それから深呼吸をひとつすると、コーヒーくれ、と言った。 「あ……うん。ていうか、平気?」 「いや……ちょっと……あー、ほら、お前のトコ閉店十時だろ? 間に合うように走ってきたら、このザマだ」  侑里が店の外を見やると壁際に久一の自転車が立てかけられている。どうやら大学からここまで自転車で来たらしい。 「慌てるくらいなら今日じゃなくても」  カウンターの椅子に座った久一に侑里がため息を吐く。 「センセイいい歳なんだからやめなよ、ムボーなこと」  怜がカウンターにコーヒーを出しながら言う。久一はそれに対して、いい歳ってなんだよ、と不貞腐れたように返した。 「オレ、ピッチピチの二十歳だし」 「全く最近の若い奴らの思考回路は理解に苦しむよ。公式あれば当てはめるんだけどな」  そう言って久一が深くため息を吐く。普段、若い学生たちに囲まれているせいだろう。時々ジェネレーションギャップに打ちのめされると、久一はぼやいていた。多分今日もそのせいで、ここへ来たのだろう。 「そう深く考えてもしかたないよ、ひーさん」 「まあな……そうなんだけど考えざるをえない状況もあるんだよ」  久一はそう言ってため息を吐く。その様子を見ていた侑里と怜が顔を見合わせ、首を傾げた。 「とりあえず、それのお代は要らないから、少し落ち着いてよ。もうこっちも閉めるとこだし」 「そうか……悪いな、侑里」 「で? 何があったの?」 「いや、何ってわけじゃなくて……ホントに、急にここのコーヒーが飲みたくなって」 「だったら電話してよ。研究室に届けるから」  侑里が言うと、怜も頷く。 「オレ、自転車あるし、すぐ行けるよ。無理しちゃだめだよ、センセイ」  怜に言われ、久一は、ありがとな、と小さく笑った。  いつもと少し違う久一の様子も気になったが色々久一にも事情があるのだろうと侑里は黙ってカウンターを片付け始めた。  その日、景が店を訪れることはなかった。
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