PANDA

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PANDA

「南くんも見てみます?」  同い歳である佐久間圭吾は、いやによそよそしい喋り方をしながら、暗がりに沈む路地裏を指さして言った。一週間前に借りていたパニック漫画を返してからすぐのことだった。 「いや、いいよ。本は返したし、俺もう帰るから」 「意外とつれないんですね」  佐久間のかけた丸眼鏡は、左眼の方のレンズに僅かなひび割れがあった。そのレンズ越しに、彼の鈍く光る瞳が俺を覗き込む。 「何を持ってして君が俺を同族の人間だと認識したのかは知らないけど、少なくとも俺に集団リンチを盗み見する趣味はないよ」 「盗み見なんてしてません。暗闇の中で行われている不条理を観察しているだけですよ」  そんな弁解をする彼の眼差しの先にあるのは、おそらくサラリーマンと思われる中年男性が何人かの覆面を被った男に襲われている光景だった。遠目で見る限り、リンチには五人以上の覆面男が参加している。  集団リンチに覆面の男たち。わざわざ確認するまでもないことだったが、その覆面は総じて白黒調の熊のようなデザインをしていた。 「どうせあいつらパンダ信者だろ」 「……でしょうねえ」  この街では最近、『パンダ』と呼ばれる人物が暗躍している、という噂が広がっている。というのも、実際にパンダを目撃した人物は、全員病院送りにされているからだ。みんながみんな、人づてにしかその存在を聞いたことがない。
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