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1.暗闇の中で
「どうか、罪深き我らを許したまえ。」
壇上に掲げられた木彫りの神さまに向かって頭を下げる両親に倣い、シンは苦々しい思いで頭を下げた。
祈ったところで神さまが何をしてくれるというのだろう。
先日シンの村では大きな火事があった。穀物倉が焼け、備蓄のほとんどがなくなった。
収穫までの数ヶ月、シンたちは近隣の村からの僅かな支援で暮らさなければならない。
光を失ったこの世界では昼でも明かりが必要なほど暗いため、生活はいつも火事と隣り合わせだ。どんなに気をつけてもひと月に一度は火事が起きる。
火がなければ生活できないが、火によって暮らしは脅かされている。
今は祈るよりも他にすることがあるだろう。そんな思いがいつもシンを苛立たせる。
この村の人たちは皆信心深い。
いやこの村に限らず、世界中の人々が神さまを信じているだろう。
昔魔法の光を用い神さまの怒りに触れた人間は、日々神の許しを請いながら暮らしている。
火事が起きるのも、獣に襲われるのも、祈りが足りないから。神に逆らう意思はないと、毎日誓いを口にしている。
それでも火事で家はなくなり、獣に喰われ人は死ぬのだ。
神さまは間違っている。シンは神のありがたさを説く村長を父親の背中越しに睨み付けた。神さまが逆らう者を罰するというのなら、何よりも不信心なこの僕に罰を与えるべきなのだ。
「かつて我々は愚行を犯しました。それは自らで光を作り出したことです…。」
魔法の光。人間が作り出した、炎よりも明るい光。
神さまは何故、その光を操ることを良しとせず人間から奪ったのか。
それはその光が神さえも脅かすものだったからではないのか。
シンは村長の話を聞くたびにいつも空想する。
もしもその光があれば、怒れる神を凌駕することもできるかもしれない。
例えそんな大それたことができなくても、暗闇から飛び出る獣に対抗することぐらいはできるだろう。
神さえ恐れる光なのだ。その光によってきっと昔話のように僕らは幸せになるのだ。
昔この世界には沢山の人間が暮らしていて、世界には今でも僕たちでは到底作れない大きな石の建物が残っているらしい。人間は今よりももっともっと強かったのだ。
その光があれば、助けてくれない神に祈り続ける必要はない。
魔法の光はまだ世界に残っている。
数年前に村を訪れた旅人が言っていた言葉をシンは忘れられないでいた。
いつか自らの手で探しに行くのだと。そして、祈ることしかできない人たちを救うのだと、心に誓っていた。
村長の話が終わり、人々がぞろぞろと教会を後にする。
「シン、帰るわよ。」
前に座っていた母が柔らかく微笑む。
ピリピリとしていた気持ちを悟られないように目を伏せながら立ち上がったとき、人の波の中で大陸から船が来るという声が微かに聞こえ、シンは息を呑んだ。
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