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45.その聖女、解呪する。
私は地面に陣を描き、そこに自分の血を垂らす。私の魔力に反応した魔法陣が光を放つ。
「アル、こっちきて」
真っ黒な羽織りを頭から被ったアルが陣の真ん中にやってきた。
私は手を伸ばしてアルの頬に触れる。
「呪いを引き剥がす時、ちょっと痛いと思うけど我慢してね」
「俺は別に平気だけど、シアが痛いのと怖いのが嫌だな」
「じゃあ、早めに死神葬って私の事蘇生させてね」
「最速で終わらせる」
満月の光で紅くなったアルの眼と私の視線が交わる。アルが私の事を抱きしめて、肩に頭を預け、頭を擦り付けてきた。
首筋に髪が当たったくすぐったさとアルの心音に私は自分の頬が熱を帯びるのを感じる。
「蘇生ついでにこの噛み傷も治るといいんだけど」
私の肩から首にかけてはアルに魔力と神気を渡した跡がいくつも残っている。
「大した事ないよ、舐めておけば治るレベルだって」
まぁ本当に傷口舐めたら衛生的にダメだけどねと言った私の顔をじっと見たアルは、ぽんぽんっと私の頭を軽く叩いて髪を撫でると、
「まぁ、イチャつくのは後に取っておく事にする。まだシアが返事言わせてくれないし」
とクスッと笑った。
「はじめようか、シア」
アルに見惚れていた私は、その声で我に返り2丁の銃を取り出しアルに照準を合わせる。
「じゃあ、はじめるよ」
声をかけて私は引き金を引いた。
撃たれたアルはうめき声一つあげず、その場に膝をつく。
そのアルから剥がれた真っ黒な呪いの塊が吹き出し、取り憑く先を探して一瞬空中を彷徨い、すぐさま弱く自分と近しい魔力をもつ私を狙ってやって来た。
私は抵抗せず、呪いに取り憑かれる。瞬間、世界が暗転する。
真っ暗になった視界でぞっとするほど感じる悪意と憎悪。
私の身体と心があの夜の事を思い出す。
耳を塞ぎたくなるほどの叫び声。それは、泣き叫ぶ子どもの私と、殺された多くの魔族のものなのだろう。
足もとにねっとりと絡みたくような仄暗い闇を感じながら、暗闇に慣れた私の目はそれを捉える。
大きな鎌を構えた、ボロボロの黒いフードを羽織ったガイコツ。空の眼窩が薄気味悪く私の事を見下ろしていた。
その出立ちは、まさしく死神なのだろう。
そして、その死神の傍らでじっとこちらを睨みつけてくる小さな子どもがいた。
二つに結んだ長いピンクの髪をはためかせ、元は白かっただろう霞んでしまったボロボロのワンピースをきた彼女の周りだけぼんやりと光っている。
ああ、子どもの頃の私だ。
『怖かった、悲しかった、苦しかった、痛かった、寂しかった』
沢山の負の感情を携えて、少女はそこに立っている。
「ごめんね、来るのが遅くなって。こんなところに、置き去りにして」
私は昔アルがそうしてくれたように膝をおり、彼女と視線を合わせて微笑む。
「ちゃんと迎えに来たよ。一緒に帰ろう?」
あの日、連れて帰れなかった私の魔力。
ずっと恨み続けるのは、さぞ疲れただろう。
手を差し伸べる私に、彼女は躊躇ったように立ちすくむ。
『持って帰ったら、また痛くて悲しくて苦しくて寂しくなるよ』
「怖くないし、痛くない。大丈夫。アルが助けてくれるから」
負の感情も私の一部なら、やっぱり抱えて生きていきたい。
私は小さな私に手を伸ばして、抱きしめる。
「痛いの、痛いの、魔ノ国まで飛んで行け」
死神が鎌を振り翳したその瞬間、私は口内で最低レベルの防御回復魔法を一文だけを転がす。
無抵抗の私はそのまま死神の鎌に身体を引き裂かれたけれど、特段痛みは感じなかった。
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