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とても懐かしい声に呼ばれて、私は目を覚ます。
「ふふ、シアがお寝坊さんなんて、珍しいわね」
「……お母さん」
見慣れたボロくて狭い長屋の一室。小さなテーブルには小さなパンが一個だけ。
「お母さんの分のパンは?」
目を擦りながらおはようを言った私は母に尋ねる。
「ふふ、母はいいの。そんなにお腹空いてないから」
また誰かにあげちゃったんだなと思いながら、私はパンを半分に切って、母にあげる。
「いい子、いい子。お母さんがいい事してるの、シア知ってるよ」
ぎゅっと母に抱きついた私は、まだうとうとしながら母に話す。
「字を教えてくれてありがとう。いっぱい優しいをくれてありがとう。シアが困らないようにしてくれてありがとう」
「あらあら、急にどうしたの?」
寝ぼけている私の頭を撫でながら、優しい声が降ってくる。
「いい事してたら、誰かが見ててくれるって本当だった。みんな、助けてくれたんだよ。優しくしてもらえたの嬉しくてなんか、急に言いたくなったの」
私は眠たくなってそのままうとうとし始める。
「お母さん、大好きだよ。……おやすみ」
私はそのまま安心したように眠りに落ちた。
ゆっくりと意識が浮上する。重たいまぶたをゆっくり開けて一番はじめに入ってきたのは心配そうに私を見つめる紅茶色の瞳だった。
「……なんか、とっても懐かしい夢を見た」
ぽつりとそう漏らした私の頬をそっと撫でたアルは、
「起きてよかった。もう、3日目を覚さないから心配した。シア、身体平気?」
と、とても心配そうな声でそう聞いた。
とりあえず手を動かして自身の無事を確かめる。うん、大丈夫そうだ。
「解呪、無事にできた?」
「おかげさまで。せっかく作ってくれた羽織りがボロボロになっちゃったけど」
アルの手を借りながらゆっくり身体を起こしあたりに視線を巡らせればここがあの長屋ではなく、今の自分の部屋だと知る。
「……私、結構幸せな子どもだったな。お母さんといられた時間、短かったけど」
シェイナが言っていたとおり、限られた時間に価値をつけられるかは自分次第で、大事なのは時間の長さよりも質なのかもしれないなと母と過ごした時間に思いを馳せる。
文字が書くことも、裁縫も編み物も、生きていく術も誰かに優しくすることも、母は日々の中で私に教えてくれた。
母と過ごした時間は短かったけれど、母がくれたモノは、確かにこの手の中に沢山遺っている。
「アル、私これからもアルといたい」
私はアルの方を向いて笑う。
「私の一生はあなたが今まで生きてきた時間よりも、これから先あなたが生きていく時間よりもきっと短いわ。だけど、私はこれから先の残っている私の時間全部、アルの事を想ってるから、一緒にいちゃダメかしら?」
私の生涯で何かを遺して託す相手はアルがいい。そう言った私の事を優しく見つめたアルは、
「一緒にいられる方法をこれから2人で考えようか? とりあえず、ごはんを食べてからね」
そう言って薄桃色になった私の長い髪を掬って、そこに口付けた。
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