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食べるの?
「体調もだいぶ良くなってきたから、そろそろ会社に復帰しないとな。退院して自宅療養なんて飽きあきだよ。仕事をしているときは休みが待ち遠しかったのにな。あ、煙草取ってくれるか」
やめたら、と妻には眉をひそめられるがなかなかやめられない。
「休みはたまにだから楽しいのよ」
「その服買ったの?」未可子の背中に声をかけた。
「前から持ってるわよ。でも最近は着てなかったかな」
差し出された煙草と灰皿を手に取った。
「早く復帰したい気持ちは分かるけど、完全に良くなってからじゃないとまた迷惑をかけるわ」ドレッサーの椅子に腰掛けた未可子が疲れた笑みを見せた。
「それは分かってるさ。でも社長直々の見舞いで早く復帰してくれと言われたときは嬉しかったよ」
セブンスターを深く吸い込み、細い煙を吐いた。
「期待されてるのね」
「うん。ゆっくり休みなさいなんて言われた日には、力が抜けちゃうからな」
「あれ」俺はパジャマの裾を引っ張った。「これ着て寝たっけ」
「自分で着ないで誰が着せるのよ」
「だよな。さあ、遅めの朝ご飯にするか」煙草をもみ消し、立ち上がって伸びをすると肩がゴリゴリと鳴った。
スリッパを突っかけベランダのサッシを開けた。桜は咲いたけれど、空気はまだ冷たい。
「食べるの?」
背中から未可子の声がした。
「あ、食べるのとはひどい言い草だな」
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