tiny tiny light

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tiny tiny light

 幽々たる視界の中で、豆粒のような白が灯る。薄汚れた灰色の混凝土の隙間から覗く太陽に翳した指先に宿った極小のそれは、ワタシが瞬きをすれば微かに身を震わせた。  スクラップも同然の存在だった。この世界はワタシと同じように暗く、そして明確に意味の無い存在だった。  陽の光さえ避けていく路地裏のゴミ捨て場でひとり、ワタシは機械的な瞬きを繰り返した。この行為に何の意味があるのか、ワタシにはさっぱり理解できないが、ワタシを生み出した誰かがそうプログラムしたのだから仕方ない。より人間に近づけるように仕組んだのだろうが、果たしてそれに意味はあるのか、やはり分析できなかった。 「まだ居たんだ、あのスクラップ」 「放っておけばいいわよ。どうせそのうちシャットダウンするって」  空を突き破りそうな高層ビルの裏口から出てきた最新型(勝ち組)が、ワタシをレンズで捉えた。彼らは一昔前にとある科学者が発明した、人間の思考や言動から些細な仕草までを組み込んだプログラムを搭載している。人間を完全にコピーした彼らは、今や人間に変わって世界を導く新たな支配者だった。 (そうは言われても、ワタシはかれこれ百年はこのままだ)  ピカリ、と右手の人差し指が光った。  異常なバッテリーの耐久性と、指先のライト機能。それが、ワタシの持つ主な機能であり、ワタシがスクラップと蔑称される所以であった。人口の八割が機械になった今、そんな機能は誰にも必要とされておらず、優れたヒューマノイドのみを世界は欲していた。人間の感情を模倣する術も知らず、他者に勝る能力もない。  それが、ワタシという役立たずの機械であった。 「tiny(タイニー)、また今日も可愛らしく指光らせてんのか~?」  青髪の男性型が、頬の筋肉を吊り上げた。  タイニー。小さい、ちっぽけ。ワタシが生み出せる光の大きさや、機能の少なさから着けられた唯一の名前だった。彼がどんな意図でそう言ったのか分からず、ワタシはただそのヒューマノイドを見つめ返した。 「お、ついに聴覚も死んだか? さすが旧式。抜かりないねぇ」 「ねぇ、もういいでしょ? こんなのに構ってたら次の仕事に遅れちゃうわ」 「つれねぇなぁ」  茶髪の女性型が引き止めるも、男性型はワタシに詰め寄って髪を鷲掴みにする。人間の容姿に近づけるためにデザインされた付属品は、人の皮を被った鋼に絡みついた。 「何の反応も返さねぇのつまんねぇな。機能も雑魚なら、脳ミソもちっぽけってか?」 「もー、ほんとすぐ手を出す。あたしだけ見ててほしいのに」 「見てるって。俺が愛してるのはお前だけだよ」 「ふふ、嬉しいわ」  ならば、ワタシのことは放置しておけばいいだろうに。その方が愛とやらを合理的に示せるのではないだろうか。ワタシのプログラムに感情の模倣はないため理解不能だが、数値的に考えてそちらの方が良いのは確かだ。 「じゃ、俺らは行くから。オンボロ機械は早く機能止めときな」  手を離され、重力のままに体が混凝土に叩きつけられる。既にあらゆる部品が損壊した旧式のワタシは、たったそれだけでも機能維持装置にさらに傷を受けた。
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