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「ああ、久しぶりだな」
田中先輩は、お弁当箱のふたを開けた途端、目を細めた。
そして、果敢にも「いただきます」と手を合わせ、卵焼きに箸を伸ばす。
私はその様子をひやひやしながら見守る。
『こんなもの食えるか!』とか吐き出されたらどうしよう。
それぐらい言われてもおかしくないんだよね。
だって、作り終えた後で味見をさせられたから……。
その後しばらく、トイレと友だちになったのは言うまでもない。
だけど、田中先輩は、卵焼きを食べ終えると、大きく頷いてこう言った。
「うん。相変わらず、甘いよね。しかも焦げてもいないのに苦みもある」
そうやって、田中先輩は、ミニハンバーグにも、ポテトサラダにもすべて感想を言って、結果的にすべてをきれいに平らげた。
すごい……。
あんなマズイ料理を完食するだなんて、私には無理だ。尊敬する。
そして、私に向かってこう言った。
「三原さん、美味しかったよ。ありがとう」
【田中君!】
その声と共に、私の体がふっと軽くなる。
目の前には華奢できれいな女子が立っていた。
「三原?!」
田中先輩が、細い目を見開いて突然、現れた女子を見上げた。
女子――三原先輩は、にっこり笑って言う。
「ありがとう。食べてくれて。本当に、ありがとう」
「いいんだよ。だって、三原は俺の彼女だから!」
「うん。私も、大好きだったよ」
そう言ってから、私のほうを見る。
「色々とお世話になりました。天国さん。良い人にとり憑けて良かった」
「いえいえ。どーいたしまして」
「じゃあ、そろそろ行きます。思い残すこともないしね」
そう言った三原先輩の体が、どんどん透明になっていく。
「三原、ずっと忘れないから」
「うれしいけど。私のことは忘れて。田中君は、精一杯、青春してね」
優しく微笑むと、その姿はほぼ透明になり、きらりと一瞬七色に光って消えた。
私と田中先輩は、完全に消えてしまった空中を眺めながら、黙りこんだ。
ふと先輩の横顔を見ると、目頭を押さえていたので、私はそっと立ち上がる。
そして、静かに校舎へ戻った。
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