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始まりの日
社会人になってから大崎美琴は日々の忙しさに追われていた。
みんなに会っていっぱいおしゃべりしてストレス発散したいと思っているのに、現実は千鶴は彼氏とのデートが大事みたいだし、紗世は仕事が忙しいらしく、予定を合わせることが難しくなっていた。
久しぶりに会えたのは大学卒業から三ヶ月後の金曜日の夜だった。紗世が前から気になっていたというダイニングバー・オードリーで待ち合わせる。
店に一番に到着したのは美琴だった。ステンドグラス が施されたネイビーの扉を押すと、煉瓦の壁が暗い照明の中に浮かび上がる。アンティークの家具が、落ち着いた雰囲気を一層引き立てる。
店内のカウンター席には一組のカップルと、男性が一人座っていた。その背後には半個室のようになったテーブル席があり、美琴はそこへ通された。
こういうレトロな雰囲気、すごく好きだなぁ。美琴は初めての店に緊張しつつも、店内を見渡した。なんだか少し大人になったような気がして嬉しくなる。
しばらくして入口のドアが開き、千鶴と紗世が入ってきた。
「美琴ちゃん、久しぶり〜! 遅くなっちゃってごめんね〜!」
千鶴は仕事終わりとは思えないほど元気な声で言った。
「大丈夫。私も今来たところだから」
「美琴ちゃん聞いて。千鶴ちゃんたら入口の前で固まってたのよ」
「こんな大人なお店初めてなんだもん! ドア開けるのも緊張しちゃった」
二人の会話を聞きながら、学生時代が懐かしく蘇る。ほんの数ヶ月前のことなのに、社会人として働いている自分たちが不思議だった。
紗世は美琴の隣に座ると、テーブルの上に立てかけてあるメニューに手を伸ばす。
「ここのお店ね、季節のカクテルがオススメなんだって。しかもご飯も美味しいって口コミに書いてあったの」
紗世は学生時代からワンピースしか着ないというこだわりを持っている上、黒のロングヘアのため、よくお嬢と呼ばれていた。それは今も変わらないようで、今日もワンピースにカーディガンを羽織っていた。
「本当だ〜! カクテル美味しそう。パスタも食べていい? お腹すいちゃった〜」
千鶴は保育士として働いているためニットにパンツと動きやすい服装だったが、ゆるくかけたパーマが柔らかい雰囲気をまとわせていた。
美琴はといえば、白のブラウスに淡いイエローのスカートを合わせ、いまだに大好きなガーリー路線を突き進んでいる。紗世ほど長くはないが、右耳の下で一つにまとめた髪は、新卒ということもあり黒に戻していた。
「仕事どう? 私は毎日先生から注意ばっかりで、ちょっとへこんでる〜」
オーダー後、千鶴は頬杖をついて話し始めた。
「でも彼氏にいっぱい聞いてもらってるんでしょ? 千鶴ちゃんには甘いもんね〜、|大和先輩(やまとせんぱい)」
紗世が言うと、千鶴は恥ずかしそうに笑う。それを見て、紗世と美琴は顔を見合わせて苦笑いをした。
「なんか……ごちそうさまって感じ」
「だね」
大学二年の夏に千鶴から告白をして付き合い始めた二人は、三年たった今でも仲が良かった。今まで恋とは無縁の生活をしてきた美琴にとっては、キラキラしている千鶴が羨ましかった。
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