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すると尋人はスーツのジャケットから一枚の紙を取り出すと、テーブルに上には置いた。
『婚姻届』
それを見て美琴と父は目を見開く。
「こ、これは……?」
「もしお父様さえ宜しければ、証人の欄にサインをいただけないでしょうか。私たちもまだ記入していないので、ここで一緒に書かせていただけたらと思いまして……」
「……ありがとう。是非書かせてもらうよ」
美琴は尋人の用意周到な様子に驚きはしたものの、この特別な日の特別な場所で、家族みんなで共有できることが嬉しかった。
「ありがとうございました。あとは私の父に証人になってもらって、引越しまでに提出したいと思います」
尋人が頭を下げると、父も同時に頭を下げた。
「娘をどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそありがとうございます。温かい家庭を作っていきたいです。これからよろしくお願いいたします」
彼が私の家族を大切にしてくれることが、こんなにも幸せって感じる。これが家族になるってことなのかな……。
穏やかな空気が流れ始めていた時、リビングの扉が開いた。
「美琴の彼氏が来るっていうから来てやったぞ〜!」
空気を読まないその男は、尋人を見た途端に凍りつく。
「こらっ、健! 津山さんに失礼でしょ!」
怒る母に対し、尋人は冷静に答える。
「大丈夫ですよ、お母様。彼とは知り合いなので……ねぇ、大崎くん」
尋人の笑顔を見て、健は腰を抜かした。
「な、なんで先輩がいるんだよ⁈」
叫び声もどこか貧弱だった。
しかし驚いたのは両親だった。
「えっ、先輩ってどういうこと?」
「大崎君は高校の後輩なんです」
「あら、そうだったんですか!」
冷静な尋人に対し、健は混乱を隠せない。
「なんで美琴の結婚相手が先輩なんだ……。あっ、波斗だな! あいつが何かしたんだろ⁈」
「いや、偶然バーで出会ったんだ」
「そうそう」
「鬼の会計津山だぞ。なんで美琴、鬼と付き合ってるんだよ〜!」
「津山さんに失礼なこと言うんじゃない! ちゃんと謝りなさい!」
「だっ……! だって俺にはめちゃくちゃ厳しかった先輩なんだよ〜」
「それはお前が生徒会に目をつけられる行動ばかりしていたからじゃないか」
「してねーよ! 健全な部活だ!」
「……ほう。じゃあゲリラ観測会も、休日の校内への不法侵入も、領収書にゼロを一つ書き足したのも、健全な部活だと……」
健は言葉に詰まる。
「あんた……そんなことやらかしてたの……」
「えっ……いや……その……」
「いいから津山さんに謝りなさい!」
「は、はい! すみませんでした!」
すると尋人は不敵な笑みを浮かべるとこう言った。
「いえいえ、これからよろしくお願いします、お義兄さん」
健の血の気が引いていくのがわかった。
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