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2 傷は、深い【side俺】
一目惚れだった。ステージの上でぴょんぴょん飛び回りながら、こないだ中学を卒業したばっかりのガキが、会場中の視線を、鼓膜を、そして心まで惹きつけてしまっていた。・・・・・・俺もその中のひとりだった。
近くにいた友達に「あれ、誰だ?」と聞けば、「リーチ。小学生の頃からバンドのボーカルやってる。割と有名」と、さも知っていて当然みたいな答えを返された。
いやいやいや、俺、結構ロック系のライブには行ってたけど、こんなスゲーヤツ、見た事ねぇぞ?もう一度そいつに聞いてみる。地元じゃねぇんだろ?って。そしたら面倒くさそうに、「モロ地元。つーか、ロックじゃねぇよ、ジャズだ」とだけ言って、また歓声の中に混じって行った。
いずれ、俺とアイツの出会いは、のっけから俺の方が断然、アイツに対する思い入れが強かった。
―――強すぎたんだ。・・・・・・・・・・で、俺はどうしようもなくアイツに惚れて、どうしようもなく傷つけ捲った。最低だ。
音楽ばかりやっていたアイツに、恋愛に関しての免疫は全くと言っていい程なかった。
あれだけの容姿と才能に恵まれているのだから、余程性格が悪いとか、遊びまくってるんじゃないかとか、どっちかっていうとマイナスのイメージから俺はアイツをモノにしやすいと思ってた。
だけど実際は全然違った。信じられないくらい、アイツは無垢だった。俺が近くに寄っただけでアイツの纏う空気が汚れちまうんじゃないかってくらい、本当に純粋なヤツだった。
偶然会ったフリをして、ライブハウスから出てきたアイツに声をかけた。何度も。”こんな偶然ねぇだろ”って自分に突っ込みを入れたくなる程、それを繰り返した。学校でも、駅でも、いろんな所で。
だけどそうしているうちに、アイツは俺に友達や先輩に対するものとは違う反応を見せるようになってきて、俺たちの距離が数か月かけてやっと、ふざけて肩を抱いたりできるところまで近づいた。―――――アイツが高1で、俺は後数か月で卒業という、季節はもう冬だった。
発展途上にあるアイツは、何にでも興味を持った。知らなかったことを自分の知識にできることを何よりも楽しむ、そんなヤツで。―――――計算高いオレは、それを最大限に利用して、バイクのケツに乗せてやるからと初めてアイツとふたりだけで会う約束をした。
明るい茶色のふわふわした髪を揺らしてアイツが待ち合わせの場所に現われた時、言葉より先に体が動いてた。
「――なぁ、お前、俺のモンになれよ」
欲しくて、独り占めしたくて、誰にも盗られたくなくて。―――――俺が縛り付けちまおう、そう思った。
「トシ・・・。―――――俺のこと、好きになれよ」
あくまでも決めつけるように俺は言った。絶対に俺を好きになるんだ、お前は。・・・そんな祈りを込めて。
「・・・好きだよ。もう」
俺の腕の中で少し震えながら、お前は俺が酔い痴れたあの声で、小さく小さく呟いたんだよな。
あの日、泣きながら走り去って行くお前を追いかけたかった。お前じゃなければダメなんだと引き留めたかった。
―――――――だけど、俺は傲慢で、狡くて・・・そしてどうしようもなく弱虫だった。
お前に与えた傷は、深い。―――――そして、俺の心から、8年経った今でもその後悔は、消えない。
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