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4 マイクにキス【side俺】
『――――それでは、記念すべき最初のメッセージ読んじゃいま~す!・・・メールで下さったんですねー、ありがとうございます!え~・・弱虫のシン・・・さんから!――――――――』
お前スゲーな。自分の番組持ったのかよ。・・・緊張してるか?まだやってんのかな・・・マイクにキスするあの儀式。
店のスタッフルームの片隅、換気扇の下に作られた喫煙コーナーに携帯ラジオ片手に座り込む。スピーカーからはあいつの優しい声が聞こえてきて、俺は目を閉じてその声を全身で受け止める。灰皿の隣で携帯のメール画面が送信済みを表示したまま消えた。
あいつの声を聞いたのは本当に偶然だった。
半年前、隣県にある系列店に研修指導で行った帰りの車の中。何の気なしにかけた地元のFM局の放送。
―――――忘れる事のできない、俺の心を捉えて離さなかったあいつの声・・・。
男にしては少し高めの、けれど決して耳に刺さらない、穏やかで柔らかな、・・・あいつそのままの、声。
まだ、あの不思議な心地好さを感じさせる声で歌っているんだろうか・・・。今でも熱狂的なファン共に囲まれて、相変わらず困ったように笑っているんだろうか・・・。小さな体でステージ上を跳ねるように動き回っているんだろうか・・・。
―――――誰かに・・・。俺以外の誰かに、恋をして、そいつと幸せに暮らしているのか・・・?
得体の知れない感情が俺の心に暗く重い焦燥感を塗り広げていくようだった。
このままじゃいけない・・そう思った。何か行動を起こさなきゃいけない、8年も経って今さら何が変わるわけじゃないかもしれないけれど、それでもこの二度はないだろうチャンスをどうにか生かしたかった。
だから俺は、乱暴とも言える行動を起こすことにした。例えそれが無駄になったってそれでもいい、アイツに少しでも近づけるなら、それだけで十分だ。
俺の住む街に、あいつのFM局の電波は届かない。そもそも本当にあいつなのかもまだわからない。車を路肩に寄せて、思わず携帯から検索をかける。
「・・・放送の・・リーチ・・で、画像・・・―――――――お前なのか・・・、トシ・・・?」
祈るように、あいつであってほしいと願うように、俺は数百件の情報の中からあいつに関するものをピックアップし開いていく。
「―――――あった・・・」
本名では出てこなかった。けれどリーチという愛称でその放送局のパーソナリティの中に見つけた。年齢は26歳。・・・そうだ、もうお前はガキじゃねぇよな。自嘲気味に苦笑を漏らして読み進める。出身地もやはり俺たちの街。限りなくあいつの人物像に近い。ただ、他の人間の画像はあるのに、どういうわけかリーチのものだけがない。
“自分の容姿に自信がないから似顔絵で勘弁して下さい(笑)”―――プロフィール欄にそう書かれていた。
あれだけの見てくれの良さがありながら自信がないと書かせるなんて、局の奴ら何考えてんだ!・・・・・・そんな憤る気持ちと、無駄に大勢の奴らにあいつの顔見せなくて済んだのだから、まぁそれはよかったのかも・・・・・・・なんて思ってしまう自分がどうしようもなく情けない。・・・もう一度、あいつに近付きたい。手遅れかもしれないが強くそう思った。
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